権力争いで追放された宝石魔術士、吸血鬼と一緒にまったり異世界旅。え? 商人が魔宝石を安く売る様になった? 俺はもう追放された身なので知らないです

向井一将

第1話 追放と吸血鬼

 アインス・ヒドゥン・アルケミア──つまり俺の肩書を一言で説明すると、特級錬金術師だ。


 王立魔導学園を主席卒業。その後、魔術協会に就職。

 宝石に魔術回路を書き込む『宝石魔術』の技術は世界一で、幾つもの研究成果を上げた。


 特にその中でも『魔術回路の簡易定着方法』は、時代を変えたと言っても過言ではない。


 今までは宝石魔術師しか魔術回路を宝石に書き込むことが出来なかったが、俺の開発した方法を使えば、ある程度の魔術師ならば誰でも低級魔法を宝石に書き込むことが出来る様になった。


 故に訪れた『魔術革命』




 誰でも魔力を流せば魔法が扱える魔宝石は、大量生産による低価格化が進んだことによって冒険者の中で爆発的に流行り、今や魔術協会の純利益の10%は魔宝石の販売による利益になっている。


 一気に俺の名声は業界内に轟き、金も名誉も手に入った。

 今や魔法と言えば魔宝石を使った物であり、それの大量生産化に成功した俺は魔法の概念を変えた天才と呼ばれている。


 ──だから、こうなるのは時間の問題だったと思う。




「アインス君、貴方に追放を言い渡すわ」




「はぁ……やっぱりか。それで理由は? 頭の固い老人たちはなんて言ってるんだ?」


 俺は宝石に魔術回路を組み込む手を止め、振り返る。

 俺の工房に老人たちの使いとして入ってきていたのは、俺と同じ黒い髪を長く伸ばした特級魔術師『暴風のネモイ』だった。


 ネモイは小さくため息を付きながら、うんざりした様子で話し出す。


「理由は『賢者の石』の研究よ。禁忌の研究をしているからって言ってたわ」


「今更すぎないか?」


「今更すぎるわね」


 禁忌──魔術協会から正式に研究を禁止されている研究テーマの総称だ。

 その理由は様々で、危険だからとか実現不可能過ぎて時間と金の無駄だからと様々な理由がある。


 俺が研究している『賢者の石』の理由は後者。

 あらゆる魔術を使える夢の魔宝石。あまりにも実現不可能過ぎて、魔術協会が正式に研究を禁止しているのだ。

 魔術師協会の研究者(犬)ならば夢を見ずに利益を追い求めろとな。



「私だって禁忌の研究はしているのにね」


「てか、そんなの暗黙の了解だろ」


 しかし俺たちは研究者であり好奇心の奴隷だ。魔導の深淵を覗く為なら、あらゆる規律を無視し、禁忌を犯す。

 大体老人たちの中には人体実験をしている奴もいると言う噂じゃないか、俺なんて金にならない研究をしているだけだ。可愛いもんだろ。


「まあ、本当の理由は『魔術回路の簡易定着方法』の功績によって、協会内で貴方を幹部にしろと言う声が大きくなっているからでしょうね。老人たちは気に食わないのよ。若者が席に座るのが、そして若者に席を譲るのも」


「だろうな。あんな席に興味ないって何度も言ってるんだけどな」


 俺の目的は『賢者の石』を作る事。それだけだ。

 幹部の椅子に座って研究が進むなら座るが、あの椅子に座って得る物は既得利権とドロドロした権力争いへのチケットだけ。


 今までみたいに片手間に商業研究をしながら賢者の石の研究をした方がましだ。


「それと今までの研究は、『今』『この瞬間』から全て魔導協会に提出することが義務付けられるわ。そして、他の研究機関にその研究を持ち込むことも禁止されるわ」


「はいはい。協会に所属した瞬間から俺の全ては協会の物で、出て行った後は利益を邪魔すんなって事だろ?」


「そういう事よ」


 俺はため息を付きながら、ネモイに今までの研究レポートの全てを渡すと、ネモイは風魔法で書類をどこかに飛ばした。

 恐らくあのまま風に乗って老人たちの元に届くのだろう。


「さて、これで全て失ったわけだけどアインス君はどうするの?」


「全てじゃねえよ。金はある。商業研究から解放されたことだし、残りの人生は『賢者の石』の研究に没頭するさ」


「……賢者の石ね、お金なんてすぐに無くなるわよ? 宝石魔術なんて特にお金がかかるんだから」


「そしたら冒険者でもして資金を稼ぐさ」


「冒険者なんてしていたら研究の時間が無くなるわ」


「まあ……そうかもな」


 厳しいがネモイの言っていることは現実だ。

 しかし、それ以外方法が思いつかないのも現実。

 いつだって夢の前には現実が立ちふさがるんだ。


 重苦しい空気の中「……だから」と、ネモイが口を開いた。


「私と結婚しなさい。研究資金は私が稼ぐわ。商業研究をしなくてもいいから今よりも時間は作れる。貴方の才能をこのまま無駄にすることは、私も研究者の一人として……看過……出来ないから……」


 徐々に顔を赤くしながら言ったその台詞。

 俺も馬鹿じゃない。ネモイが俺に好意がある事くらいとっくに気づいていた。

 でもな、そうじゃないんだよ。お前が求めているのは俺であって俺の才能じゃないんだ。


「悪いネモイ。それは出来ない。だってお前も『賢者の石』は実現不可能だと思っているんだろ?」


「……」


 無言の肯定。

 コイツは昔からこうだった。

 嘘が付けない。


「誘いは嬉しい。お前と結婚して一緒に研究出来るなんで夢のようだよ。でも、同時に隣で笑っている結婚相手が俺の研究を不可能だと思ってるなんて地獄の様なんだ」


「……合理的じゃないわね」


「ああ、合理的じゃない。これはただのプライドだ」


 プライド。研究者らしくない非合理的な言葉に自分で少し笑って、ネモイもつられて笑った。

 ひとしきり笑い終えると、俺は少なくなった荷物を纏め、ネモイに言った。


「じゃあな」


「ええ、気が変わったらいつでも私の家に来て」


 こうして俺は追放された。

 手元に残っているのは今まで稼いだ金と、器具。

 研究資金は心もとないが、時間ならたっぷり出来た。


 ──風が頬を撫でた。


「あの方向は……商人協会か、ネモイも性格悪いな」


 見上げる先には空中で方向を変え、飛んでいく1枚の研究レポート。

 確かあのレポートに書いたのは『より簡単に、効率化した魔術回路の簡易定着方法』だった筈。


「次は商人たちが魔宝石を売る時代が来るのかもな」


 近い未来。頭の固い老人たちが、『より安く』『より多く』魔宝石を売る商人たちに手玉に取られるところを想像しながら俺は工房を後にした。


 〇


 魔術師協会をクビになった俺は、街の宝石商に行き宝石を吟味する。


(とりあえず、一番安い血石(ブラットストーン)を買うか)


 漆黒の中にポツポツと血の様な差し色が入っている宝石……とも呼べないクズ宝石。

 主な用途は装飾品の脇役だ。籠の中に量り売りで売られていた。


(魔術回路が一つまでしか書き込めないが……逆に考えればこれに十以上の魔術回路を書き込むことが出来れば『賢者の石』に近づくかもしれない)


 何に使うんだと不思議そうな顔をしている店主から大量に血石を買い、とりあえず一週間分予約した宿に向かう。


(時間はあるんだ……資金は無くても工夫をすれば……)


 血石に魔術回路を書き込んでいき、そして割れる。

 何度も何度も。


 脳裏に浮かぶのは追放されたことではない。

 それより前──賢者の石を作ると言った俺を馬鹿にしている奴らの顔だ。


(不可能でも夢でもない……賢者の石は存在するんだよ)


 研究結果を出していくうちにその笑い声は消え、俺は賢者の石に取りつかれた宝石術士として周りから腫物扱いされるようになった。

 決してそれはネモイも例外ではない。


 好意があるからか、直接言うことは無かったが、そこには確実に壁があった。

 俺が賢者の石を研究している時に見せる悲しい目。

 彼女も優秀な研究者なのだが、心の底では分かり合えていない感覚がして悲しかった。


(ダメだ……やはり結晶構造が単純すぎて脆い……これじゃあ賢者の石には……)


 賢者の石──それは古い神話にのみ伝わる氷の様に透明とも血の様に紅いとも言われる石。

 魔力を込めればあらゆる魔術が使えると言われる石で、俺はその真理は『あらゆる魔術回路が書き込まれている石』だと思っている。


(つまり……簡易魔術一つしか書き込めない血石に十以上書き込めれば、賢者の石への道が見える……)


 魔術回路を圧縮、そして多層的に書き込みながら割れる血石を見る。

 偶に二つ以上書き込める物もあり、手ごたえを感じるが、それはたまたま結晶の中に不純物が少なかっただけだと気づいていく。


(純度が高い血石でも三つが限度なのか?)


 何時間経ったのか分からない。もしかしたら日を跨いだのかもしれない。

 ありとあらゆる工夫をしながら血石に書き込んでいき、最後の一つとなったところで俺は現実を知った。


(いや……何度も諦めかかった。でも、諦めなければ……)


 魔術回路を限界まで圧縮して結晶の一つ一つに書き込んでいく、共有できる回路が合ったら組み合わせる様に。

 そして……異変に気付いた。


「魔術回路が……消えていく?」


 書き込んだそばからまるで石の中に吸収されていくように消えていく魔術回路。

 既に書き込んだ回路は十を超えた。

 だからと言ってその魔術は発動する訳でもなく、ただ回路が消えただけ。


「いや……まて。どこまで書き込めるんだ?」


 更に書き込んでいき、既に百以上の魔術回路が血石の中に消えていった。

 俺がつぎ込んだ魔力も莫大で、極大呪文を二つ三つ放てる程の魔素は注ぎこんだ。


 ──パキン。


「割れ……消えた?」


 そして、その時は突如来た。

 魔術回路を書き込んでいる途中で割れた血石はそのまま霧散し、手元から無くなる。


(込めた魔力だけなら今までで最大……恐らく血石には何かがある!)


 心臓の鼓動が跳ね上がり心が躍る。

 今まで高価な宝石にしか魔術回路を書き込んでいなかったために気づかなかったが、賢者の石へのヒントは恐らく血石にあるのかもしれないのだ!

 完全に盲点。こんなクズ石が答えになるのかと再び買いに行こうと席を立ったその時──




「……ん」




 後ろのベットから、か細い声がした。

 驚いて叫び出さなかったのは、研究のし過ぎで叫ぶ元気も無かったからかもしれない。

 ゆっくりと振り返り、ベットを見る。


「ん……んう」


 真っ先に思ったのは、ついに幻覚が見える様になったのではないかと言う事。

 しかし、目を擦ってもその姿は一向に消えはしなく、か細い寝息の声は聞こえ続ける。


 美しい顔立ちの少女が、起こすのが忍びないくらいによく眠っていたのだ。


「お前……一体いつ俺の部屋に入ってきた」


 人差し指に嵌められてある指輪に魔力を込めながら言う。

 今まで背後を取られたのは初めてだし、恐ろしい程の色気を放っているこの少女が人間だとも思えない。

 魔性とも呼べるその美しさは、それ即ち魔なる者の表れだろう。


「……んう?」


 俺の声に目を閉じたまま反応した少女は、くらっとくるような甘い声を上げ、瞼を開けた。

 深紅の瞳の美しさに思わず息を飲んでしまう。


「おい、お前は誰だ」


「ん……主様がわっちを封印から解いてくれたのかえ?」


 次の言葉は出なかった。

 なぜなら、ゆっくりと身体を起こした裸の少女が声を失うほどに美しかったからだ。


 はらりと薄手のシーツが少女の素肌から零れ落ち、陶器の様な素肌があらわになる。

 生まれてこの方日の光など浴びてないんじゃないかと思うほど青白い素肌。


 そして、その身体の中ほどにある控えめな二つのふくらみが、妖艶さの中に妙な少女らしさを匂わせていて、アンバランスな魅力がより妖しさを引き立てている。


「ん……主様は宝石魔術士かえ? くふふ……これも運命なのかのう。『賢者の石』は持っているのかえ?」


 少女は俺が触れている指輪を見ると、そう呟いた。

 まるでそれを持っているのが当たり前の様な口調。


「お前……今なんて……」


「賢者の石と言ったんじゃよ。持ってないのかえ?」


 瞬間──俺は少女に駆け寄り、肩を掴みながら叫んでいた。


「賢者の石! お前は知っているのか!? どこにあるんだ!」


「くふふ……わっちを押し倒すつもりかえ?」


 ハッとして、少女から手を放す。

 俺が掴んだ肩には俺の手形がくっきりと残っており、青白い肌に赤い手形が妙に生々しいコントラストを描いている。


「……すまない。俺の名前はアインス・ヒドゥン・アルケミア。宝石術士で賢者の石の情報を探している」


 紳士的では無かったなと反省しながら少女に頭を下げる。

 クスクスと笑いながら見守る少女の余裕が、俺の罪悪感をより刺激した。


「わっちはライラ・レルトラント・アルトルールでありんす。千年前に賢者の石によって100の血石に封印された、ただの吸血鬼じゃよ」


 妖艶にクスクスと笑う少女の唇の内側には二本の鋭い牙。

 そして彼女はゆっくりとベットから立ち上がり、俺に言った。


「賢者の石を探しているのかえ?」


 指輪から手を放し、紅い瞳を見ながら答えた。


「ああ、正確に言えば作りたい」


「くふふ、同じことじゃ。わっちは残り99の血石に封印されているわっちを開放したい」


 少女の細い指先が俺の顔を撫でる。

 少し冷たい白い指だ。


「わっちの封印を解いておくれ?」


 この時俺は微笑んでいたのかもしれない。

 手を伸ばせば掴める距離に夢がある。

自然と俺の口は動いていた。


「俺に賢者の石の情報を教えてくれ」


 細い指先は下に下がってきて、俺の差し出した手を握る。


「くふふ……契約完了じゃな」


 こうして吸血鬼と宝石術士の奇妙な契約が成立した。

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