第92話『トネリの右腕1:象皮病』

 ハインを連れてレジスタンスのアジト、マクスウェルの部屋に戻ってきたピエタ達は、さっそく彼に礼を述べました。


 そして改めてハインは皆に自己紹介をしたのです。


「私の名前はハイン・ブッフェ。元軍医で~す。今はマガゾで医師と聖女としての勤めを果たしています。私のことは、呼び捨てで構わないよ~」


「そうか、ワシはピエタ・マリアッティ。ジャスタール出身の賢者じゃ」


ピエタの自己紹介に、一瞬ですが、マクスウェルが反応を示し、眉をしかめましたが、直に元の表情に戻ります。その一瞬の表情の変化を、動体視力の優れた漣だけが見逃しませんでした。


「僕はルクレティオ。ちょっと臆病な18歳の勇者だよ」

「・・・あ、私は、漣・エローレ・雪定よ。18歳の二刀流魔法戦士。名前が長いから漣か、うめ子でいいわ」

「私はマテウス・ハリンフィナと申します。20歳の回復専門術士です。」

「わっ私はペロッティ・オーガスタというものです。年齢は自分でも忘れてしまいましたが、多分317歳ぐらいです。ピエタ様の従者をしていますっ」

「ウチはリョウマ・サイタニぜよ。パパイヤンっていう都市の市長で、商人だ。リョウマでいいぞ」


「へ~皆に出会えて、嬉しいな~」


 ハインは現れた愉快そうな人たちの登場を素直に喜んでいました。ただ一人、漣だけが、マクスウェルにかすかに警戒感を高め、顔を微妙に曇らせています。しかしそんな彼女の様子など、聖女の視界には入りませんでした。


 その後、ピエタは徐にマクスウェルにマガゾの現状を尋ね始めました。


「マクスウェルよ。このまま去らば、というのも礼節に欠けるであろうし、一応、マガゾの現状についてのみ、詳しく教えてくれぬか?」

「はい。」


 マクスウェルは頷くと、マガゾ国の領土を正確に描いた巨大な地図を取り出し、テーブルに広げました。

 

「今から6年前の戦いで王家の血筋が途絶え、軍部が新たなる軍事政権を作ろうとし、抗議する民衆達を突然弾圧し始めたのです。」

「なんということじゃ」

「彼らの目的は、クシャーダの知恵を使ったマガゾの帝国化、そしていずれは世界征服です。私達はそれを阻止するために、活動を始めたんです」

「ふむ、して状況は?」

「芳しくありません。実は、もう一つ、軍事政権とも我らとも敵対関係にある存在がありまして、私達の仲間の一人が寝返り、その存在の軍部の将軍をしているんです」

「寝返ったとな? その者は、何者じゃ?」

「リッヒ・シュアルツア。6年前、我々と共に戦った仲間です」

「むむう・・・そんなことが起こっておったのか」


 リッヒの名前を聞いたハインとゼントは、互いに顔を曇らせました。


「他はともかく、彼が指揮する王国龍騎軍、ブラックエンブレムが非常に強く、私達レジスタンスの部隊ではとても歯が立ちません。何といっても彼は竜の化身、竜人ですからね・・・」


 マクスウェルの驚くべき発言に、ピエタは仰天しました。

  

「竜人じゃとっ?! そのような者がこのマガゾには、まだ存在しておるのか?!」


「ええ、このマガゾは竜人族の故郷でもありますから。」

「そういえばそうじゃったのう・・・」


「私達レジスタンスの目標は、ブラックエンブレムを打倒し、更に軍事政権も解体させ、マガゾを民の手に戻すことです」


 マクスウェルは燃えるような熱い瞳で、ピエタ達に語り掛けました。


「して、その後の事はどうするのじゃ」

「それから先の話は、まだ考えていません。とりあえず、政情を安定させないことにはどうすることもできないので・・・サブリーダーのペイトと相談しようと思います」

 

 少し気落ちした様子で語るマクスウェルに、リョウマが話しかけました。


「それならウチに妙案があるぜよ」

「妙案? 何ですか? それは」

「ふふん。それは事が終わってからのお楽しみだ」


 もったいぶるリョウマに、ピエタはヤキモキした様子で語り掛けました。


「そんな事言わずに教えんかいっ」

「まだ仲間は全員そろっておらんじゃろ? アグニとグラウスが帰ってきてからでも話しちゃるきにのう」


 一同は二人の存在をすっかり忘れていました。


「そういえば、アグニとグラウスは孤児院に行ったままじゃったのう。連れ戻してこなければ」

 

 ピエタがそう言うと、漣が一歩皆の前に出ました。


「それなら、私が迎えに行くわ。」

「おう漣、行ってくれるか?」


 リョウマは笑顔を漣に向けます。


「ええ、帰り道の怪物は、二人には少し手ごわい獣人族達だからね」


 漣は自信たっぷりにそう言いました。


「それなら僕も行くよ。仲間は多いほうがいいだろう?」


 ルクレティオは漣に言います。


「あら、ルクレ? 臆病者のあなたにこられても、足手まといなんですけど?」

「失礼なこと言うなよ、泣くぞっ」


 そう言って、漣とルクレは顔を合わせ、笑い始めました。


「ふむ。では先の話は二人を連れてきてからにしよう。漣、勇者よ、行って参れ」

「はい」

「了解っ」


 こうして、漣とルクレティオは部屋を出て、孤児院へと向かっていきました。


 丁度その頃、孤児院では、グラウスとアグニが奇病に苦しんでいる子供、トネリという少年の右腕を確認していました。


「今から一週間程前に、突然右手だけが膨れ上がってきたんだよ。最近マガゾで蔓延してる象皮病じゃないかと思って、ハインに診察してもらったんだけどね・・・」


 傍にいたポグバが心配そうにグラウスに語りかけます。


「聖女殿には治せなかったのですか?」

「それが、トネリには、彼女の血液も効かなかったんだ・・・」

 

 ポグバは困り顔をしていました。


「血が効かない? なるほど・・・だとすると、恐らく病気ではない。何かしらの呪いの可能性がありますね」


 グラウスは力強く、しかし緊迫感を漂わせる眼差しでトネリの右手を見つめはじめました。


「呪い? 可哀想。グラウス師匠、何とかならないの?」


 アグニは心配そうにグラウスを見つめます。


「今、方法を考えている。ちょっと待ってろ」


 グラウスは瞳を凝らして、トネリの腕を注意深く観察しました。


 すると、少年の右腕には、非常に強力が悪霊が取り付いていることが明らかになったのです。そのあまりの呪力の強さに、グラウスは、久方ぶりに額に汗を滲ませました。


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