第18話『寝取られ男は対峙する』

「父、上に?」

「そうです。さぁ、すぐにおやめをッ!?」

 刹那、白刃が俺の耳を僅かに貫く。

ほんの小さな欠けたような傷だが、血がたらりと流れ出ているのがわかる。


「ナイフッ!?」

「ふざけるな、平民ごときがぁ!」

 風を切りながら迫るナイフを避けつつ、唇を噛み締める。

反撃ができないというのは辛い。


「若様、おやめください!これ以上されては」

「なら反撃してみろ!あの時腕を掴んだときみたいに、なァ!」

 ザシュッ、と激痛と共に俺の右腕が切り裂かれる。

皮膚が開き筋肉がちぎれ飛び、血が湧き水のように垂れ始めた。


「ぐうっ!」

「お前を殺したら次はヴィクトリアを殺してやる!俺は、俺はこの家の後継者だ!庶子なんてもの、消してしまえばいい!」

「あなたのっ、妹君ではないんですか!」

「関係ない!等しく、不必要な存在だ!」

 血の垂れる右腕を抑えながら、ナイフの連撃を避ける。

我慢だ。反撃は、するな。貴族相手に攻撃なんてしたところで何になる?俺が損をするだけじゃないか。ここをやり過ごして辺境伯に報告すればいい、ひとまずは今を耐えろ。俺!


「ぜぇっ、ぜえっ。フッ、ハハッ、さてはお前、知らないんだろう?」

 ふとナイフの次撃が止まったかと思えば、金髪兄は髪を俺の血のこびりついた手でかきあげて狂気の笑みを浮かべた。


「なにを、ですか?」

「ヴィクトリアが何者かだ。やつの母親は平民だと言われてるがな……俺は知ってるんだよ。あいつの母親はな」

 更に狂気の笑みを深める。

金髪兄……こいつ想像以上にやばいやつだったな。そういえば、今まで俺は他の使用人さんたちと共に行動していた。俺が一人になるのを待っていたってことか?


「カレンデュラ公爵家の娘だ……王族なんだよ!10年前に父上と駆け落ちしてその後にアイツを産んで死んだと聞いた!わかるか?庶子が俺よりも高い階級の母親から生まれてたんだ!」

「それでも、あなたの家族でしょう!」

「家族?兄妹?結局な、ヤツは俺を見下してるんだよ!王族の娘だ、隠されてると言っても所詮隠しきれないんだよ!父上が若い王族の娘を孕ませて産まれたやつが、俺を見下してる。血統で、見下してるに違いないんだ!」

 被害妄想甚だしいな。

何らかのコンプレックスでも持ってたのか?どちらにしても誰にも相談もせずに一人で妄想を広げてナイフを向けてくるんだ。ろくな人間じゃないな。


「あなたの劣等感にヴィクトリアを巻き込まないで頂きたい!」

「劣等感、だと?俺が、俺がやつに劣等感を抱いてるだと!?あぁ、そうだ。そうだ!何が悪い!庶子なんてろくなものでは無い……だから俺が消して将来の家の憂いを消してやるんだよ!」

 ナイフが突き出される。

茜色に反射した銀刃が俺の首元めがけて迫ってきた。

そうかよ。なら、俺の我慢も限界だ―――もう二度と、そんな馬鹿みたいな言葉が言えないようにしてやる。

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