第16話『寝取られ男は茶会をする』
「あの、先生!」
「はい?なんですか?」
城の中庭。
白椿とバラの入り交じる庭園にも見えるそこに作られたこじんまりとした白いテーブルとテーブルの真ん中で十字に交わるような方向に置かれた4つの椅子。
そこの対面同士の椅子に、俺とヴィクトリアは座っていた。
といっても茶は淹れられないので女中さんが持ってきてくれたものである。
そうして、どこか酸味と苦味の混じったような慣れない味を舌に感じさせながら俺はヴィクトリアの声に答える。
「先生はなぜ私の家庭教師になったんですか?」
待遇が良かったから。
なんて言えるはずもない。俺だってそこの分別はついている。
「お嬢様のお父上に誘われたのと、私が単に人に教えたいと思ったからですね」
まぁ、これくらいが妥当な返事だろう。
少なくとも耳触りはいいはずだ。
「そ、うですよね。そ、そっかぁ……」
どこか愛想笑いのように笑うヴィクトリア。
俺なんか悪いこと言ったか?いや、どちらにせよ流石に今まで三ヶ月間積み上げてきた信用を崩すわけには行かない。フォローを入れよう。
「ただ、お嬢様のお人柄と努力へのひたむきな姿勢にも惹かれました。それに、今後私の生涯でお嬢様ほど教えがいのある方はいないと思います」
嘘ではない。
実際ヴィクトリアが努力家なのは事実であるし、教えがいはある。それに生涯で家庭教師なんてやること今回しかないだろうから、全部真実だ。
「そ、そうですか……?そう言っていただけると私――とっても嬉しいです、先生!」
まるで反転したかのように表情をひまわりのように明るくして微笑むヴィクトリア。おぉ、フォロー成功したか?
「そういえば、先生」
「うん?なんですか?」
ずずっと茶を貧乏臭く少しずつ啜って返事する俺。
更に盛られた茶菓子(マカロン)には一切手をつけてない。よく考えてみろ、俺は当主……どころかこのお嬢様の気分を害したら危うい身なのである。
なんたって眼の前のお嬢様が食ってないのに俺が食うわけにはいかない。いくら平民育ちでもそこらへんの礼儀作法は予習済である。
まぁ前世で貴族のパーティーに行って相手より早く飯食ったらすげぇ冷たい目で見られた思い出があるからな。それ以来こういう場での礼儀作法は必死で覚えたものなのだ。懐かしい。
「ヴィ、ヴィクトリアって呼んでください!」
「はい?」
「その、先生って私のことをお嬢様としか呼びませんから……。その、全然、私は大丈夫ですから。どうかヴィクトリアって呼んでもらえませんか?だめ、でしょうか?」
うーん。上目遣いで頼みをするとは中々大きく出たな。たしかに可愛い。可愛いが俺に色仕掛は通用しないぞ!まぁ、別に呼んで困るもんでもないなら呼んだほうがいい。彼女のほうが俺より立場は上なのである。
「わかりました、ヴィクトリア」
「敬語もなくて大丈夫です!私は生徒で、先生は先生なんですし!」
変わった子だなぁ。
まぁ辺境伯に怒られたら敬語に戻せばいいか。
「わかった、わかったよ。それじゃあ、これから敬語はやめるから……改めてよろしくね。ヴィクトリア」
「は、はい!先生、不束者ですがよろしくおねがいします!」
思ったより。
このお嬢様は割と濃いキャラなのかもしれない。
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