第15話『寝取られ男は歴史を教える』

 三ヶ月後。

カレンダーに刻まれた、6月20日を示す文字の羅列。


 そして俺は油を焦がしたみたいな音を合唱の如く鳴り響かせるセミたちを疎ましく思いながら、けだるげな暑さに汗を垂らしながら昼下がりの日和の中で『授業』をしていた。


「精霊暦100年、ブロッサミア王国はオステンブルク帝国から独立戦争を仕掛けて見事に勝利、独立しました。それから38代国王のリチャード・ブロッサミア10世国王陛下の統治する今まで独立を維持できています」

 ちなみに今俺が勉強してるのは精霊暦500年辺りだ。

とはいえ、こうやって教えてたら復習にもなるので面倒には思わない。


「先生、質問です!」

 そう言って俺の授業に元気に微笑みながら質問してくるのは辺境伯の庶子でありながら唯一の娘であるヴィクトリア・シャムロック。辺境伯からの許可も得てるので俺はヴィクトリアと呼び捨てで呼ばせてもらっている。


 初めて会ったときと比べるとだいぶ明るくなった。

コミュニケーション能力向上はいいことである。ついでに金髪兄を牽制しているのも要因の一つだろう。


「はい、なんでしょうか」

「ブロッサミアが独立戦争をした理由はなんですか?」

 良い質問だ。

ちなみにオステンブルクは現在も続いており、ブロッサミアとは今も仲はあまり良くない。それに最近では貴族の腐敗が続いているせいで国内が派閥まみれになって色々とやばいと聞く。


「良い質問ですね。初代国王のアーサー・ブロッサミアは元々オステンブルク帝国大公家の当主でした。彼が独立した理由は当時の第8代皇帝フリードリヒ3世の政策にあったとされます」

 かの皇帝フリードリヒ3世は帝国臣民に対して異民族粛清を呼びかけた。エルフ、ドワーフ、獣人、肌が褐色のサーシア人といったウェルシア人以外の種族の粛清。

 

 これには大批判が起きた。

特に当時のブロッサミア大公領では約50%が非ウェルシア人だったこともあってブロッサミア大公は反粛清派の矢面に立って反対する。


 だが、フリードリヒ3世は暗君の部類だった。

撤回はせずに異種族の粛清を決行した。当時のサーシア人貴族や北部山岳地帯に住まうエルフの部族など、見境なしに殺し始めた。


 そして、ブロッサミア大公はブロッサミア大公領に粛清軍が迫っていることもあり反乱を決行。

それに呼応した他の貴族たちも軒並みブロッサミア大公に追従する。


 そして見事独立戦争は達成されてブロッサミア大公率いる貴族反乱軍がブロッサミア王国軍の母体になり、大公と貴族たちの所領を寄せ集めた土地が今のブロッサミア王国の領土となった。

 

 貴紳諸法度なんかも、そういった経緯があるから施行されたのだろう。オステンブルク帝国に関しては結果的にブロッサミア王国の領土圏内以外からは異種族が文字通り消え去るか奴隷となった。ウェルシア至上主義を掲げる帝国……そしてこいつが厄介なことに15年後、ブロッサミア王国に宣戦布告する。


 俺がフィールにエリシアを寝取られたあの日あたり。

25歳の秋にはブロッサミア王国は王都直前まで帝国の侵攻を許してしまうのだ。


 当時の俺たちは冒険者義勇軍としてブロッサミア王国軍に追従していた。まぁ、そんな大層な名目のくせに彼女を寝取られて馬車に轢き殺されてるのもだいぶおかしいが。


 そういえば、俺が助けようとしたあの人。

あれは誰だったんだろう。今もまだ生きてるんだろうか?

  

 

「じゃあ……オステンブルクでは庶子の差別は許されてるんですか?」

「オステンブルクは根っからの階級主義です。ブロッサミアほど民主的な風でも無ければ差別に批判的な体制ではありません」

「そ、そうなんですね。……」

 本人も金髪兄から庶子差別をされていた身だ。

思うところはあるんだろう。だが、俺が何かと言えることではない。


「さて、お嬢様。そろそろ授業も一段落付きましたし……お茶でもいかがですか?」

 だが、気分が落ち込んでいるなら息抜きくらいはさせてあげようじゃないか。

少なくとも仕事のうちだしな。

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