phrase.8

36.1年に10回しか連載しないのって週刊漫画家っていうのかしらね。

「ねえ四月一日わたぬきくん。締め切りを守れないやつなんてクズだと思わないかしら?」


 渡会わたらいの会話はいつだって唐突だ。そして意図が全く読めない。今回だってそうだ。締め切りを守る守らないなんてことはその実どうでも良くって、その裏には実に単純な事実が隠れていたりするのだ。


 四月一日はぽつりと、


「どうしたんですか?お気に入りの作品でも休載になりましたか?」


 瞬間。 


 渡会の目が見開かれる。その視線には純粋な驚きの色が混じっていた。


「え、もしかして、当たりですか?」


 そんな言葉に渡会はこれ見よがしに「ちっ!」と舌打ちし、


「まあ、そんなことはともかくとして、締め切りを守れないやつはクズよね、四月一日くん」


 どうやら図星だったらしい。


 渡会は基本、自分にとって都合の悪い事実は認めないという大変自己中心的な行動基準を持っている。


 天上天下唯我独尊の意味を極限まで自分の都合よく解釈したようなスタイルで生きており、四月一日に心の内でも言い当てられようものなら、絶対に、


「毎週連載するって自分で行っておきながら守れない癖に」


「あの、作者批判はやめませんか、流石に」


 全くとんでもない人だ。この人はもしかして、多次元世界のどこにでも偏在する高次的な存在か何かではないだろうかと時々疑ってしまう。


 もちろん、そんなことは一切ないはずである。あくまで彼女は発言内容以外は全て完璧な一人のヒロインでしか、


「話が進まないわよ四月一日くん。どうなの、休載について」


 遮られた。まあいいけど。


「休載ですか……」


 彼女の「約束を守れない」というのはつまり、作品の連載を「落とすこと」についてだろう。


 これに関しては正直答えなんてないと四月一日は思っている。出来た作品が認められるのであれば、どれだけ待たせてもいいし、ハイペースで連載を続けていても、クオリティが下がってしまえば意味がない。下書き同然の絵を週刊誌に載せることの是非は、内容が伴うから議論されるのだと思う。


 と、いうことを渡会にとうとうと話したら。


「つまんない答えねぇ……」


 と一蹴されてしまった。おかしい。こんなはずでは。


「じゃあ渡会さんはどう思うんですか?」


「ん?私。決まってるじゃないそんなの。きちんと連載して、内容も伴うのが一番よ」



 大分卑怯な答えだった。


「あの、それどっちかを取らなきゃいけないから難しいんじゃないですか?」


 渡会は肩をすくめ、


「そうよ?けれどじゃあ、どっちかだけを追求したらいいものではないでしょ?クオリティが整っているからって、単行本一冊出すのに数年かかった挙句、未完のまま作者が亡くなっていいわけではないし、かといって毎週連載して、極限まで薄めたカルピスみたいな内容の薄さになっても仕方がないでしょう?要はどっちも大事なのよ。その上でちゃんとバランスをとれるのがプロなんじゃないかしらね」


「なるほど……」


 もっともだった。


 渡会にしてはあまりにももっともすぎる論理だった。


 どちらも大事で、バランスをとるのがプロの仕事。実に良い意見だと思う。


 どうしたんだろう、今日は。明日から大雨にでもなるのだろうか。天気予報では確か晴れだった気がするのだが、


「貴方……私をなんだと思ってるのよ」


 渡会は当然のように四月一日の心の中を読んだようなクレームをつけた上で、


「全く、ちゃんと毎週描きなさいっての」


「ちなみに、その作品ってよく救済するんですか?」


 さらっと、四月一日の方も向かずに手元の漫画雑誌に視線を落としながら、


「別に?一年に一回休めばいいほうじゃないかしら?全く、駄目よねぇ。とっとと描いてくれないかしら。さっさと先を読みたいのに」


 なるほど。


 要は自分が読みたいだけのようだ。


 さっきの感心を返して欲しい。

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