37.要は過不足なく内容を伝えろってことよ。

 渡会わたらいを“口を開かなければ”完璧な美少女に仕立て上げているのはその整い過ぎている容姿もそうなのだが、その振る舞いもまた、一役買っているといっていい。


 教室では(四月一日わたぬきにちょっかいをかけているとき以外は)基本的に文庫本を読んでいることが多く、それが大変絵になるという部分も大きい。


 が、そんな彼女の手元に珍しく文庫本が無かった。


 代わりに握られているのはスマートフォン。画面に表示されているのは……動画?


「ちょっと、人のスマートフォンを覗き見るなんて悪趣味よ、四月一日くん。警察に通報されたいの?」


「なんでそれだけで通報されなきゃならないんですか」


 一応補足しておくと、四月一日は別に渡会のスマートフォンを覗き見ようという気持ちなどさらさらなく、たまたま後ろを振り向いてみたらスマートフォンで動画を見ている渡会がいただけなのだ。


 更に言っておくと、こんなことで警察を呼んでも多分、というか絶対対応してくれない。まあ当たり前といえば当たり前だ。


 渡会は動画の再生を終えて、スマートフォンをしまい込んだうえで、


「まったく。なんでこの手のY○uTuberってアホ面晒してればいいと思ってるのかしらね?」


「知りませんよ……あと、その伏せ字の位置意味ないと思うんですけど」


 渡会がさらりと、


「いいじゃないの。どうせこの手の伏せ字なんてあってないようなものでしょ。ちん○とち○ぽが普通に並列するんだから。要はちょっとしたジョークも許せないような心に余裕がない人間に配慮しただけのものだからどうでもいいのよ。隠れてるか隠れてないかなんて」


「…………意見はともかく、花の女子高校生が言うワードじゃないと思いますけどね」


 渡会鼻でせせら笑い、


「花の(笑)女子高校生(笑)。いい、渡会くん。女子高校生は妖精さんか何かじゃないの。ちん○とかま○ことかいったワードだって普通に使うし、トイレにだって行くし、オナ○―だってするはずよ。そんなもの、いちいちかわい子ぶってたってなんの利益もないわよ」


 四月一日は興味本位で、


「え、するんですかオ○ニー」


「もしもし、110番ですか?すみません。至急来てもらえませんか。今ちょうど暴漢に襲われてて、まさにレイp」


「すみませんシャレにならないからやめてもらえませんか?」


 四月一日はなかば必死に警察らしきところに電話をかける渡会を止める。すると、スマートフォンからは各地の天気が淡々と電子音声で告げられていた。


「…………なんで警察に連絡する真似なんかしたんですか?」


「え?面白そうだから」


 そう言ってくすくすっと笑う渡会。


 悔しいことにそれがまた絵になるのだ。


 やっていることは人を無実の罪で警察に突き出すふりをするというなんともえげつない一芝居なのだが、遠目から見たら「お茶目ないたずら」に見えるから厄介だ。きっと、事実をそのまま説明しても半分以上の人間には信じてもらえないのではないか。


「…………で?なんでまたそんな話になったんですか?」


「え?暴漢?」


「違います。もっと前です」


「え?すぐにブラウザバックする輩は糞だって話?」


「戻りすぎです。ついさっきの話ですよ」


 一体いつの話をしようとしているのか。そんなのゴールデンウィークよりも前の話ではないか。


 渡会は不満げに、


「なによめんどくさいわね。戻れと言ったり戻りすぎと言ったり。まあ、いいわ。要はね四月一日くん。Y○uTubeの動画ってほら、サムネイルってあるでしょう?」


「ああ……ありますね。そこでアホ面晒してるってことですか?」


「まあ、別にそういうものだけじゃないけどね。でも、誇張表現が多いわね。大したことないのにいちいち驚いてみたり、自分たちが面白いと思ってるのかしら、いやぁねえ、気持ちが悪い」


 頬に手を当てて、憂いの表情。あの、それをしておけば全部乗り切れると思ってませんか?


 四月一日が、


「まあ言いたいことは分からなくないですけど……それじゃあ逆に、どういうサムネイルだったらいいんですか?」


 そんな問いに渡会はさらりと、


「そんなの分かりやすい方がいいに決まってるじゃない。地味なサムネイルなんて誰がクリックするのよ」


 理不尽だ。


 実に理不尽だった。

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