33.適材適所っていうことね。

「ねえ、お笑い第七世代」


 渡会わたらいが、おかしくなってしまった。


「おかしくなってないわよ、失礼ね」


「……当然のようにモノローグに突っ込んでるのはまあいいとしましょう。なんですか、その、お笑い」


「お笑い第七世代よ。知らないの?」


「いや……知らないですね」


 渡会が憐れむような視線を向けながら、


「かわいそうに……世の中の流行りからおいていかれているのね……」


「別においていかれてはいませんけど……それで、なんなんですか、それは」


 渡来はけろりと、


「さあ」


 言い切ったよ。


 言い切っちゃったよこの人。


 自分はすっごく詳しいですよ的な雰囲気を出しておきながら「さあ」って言ったよ。凄いなこの人。


 渡来は何事もなかったかのように続ける。


「ほら、四月一日わたぬきくんっていつもツッコミ役じゃない」


 ツッコミ役っていうか、身近にいるあなたがボケしかしないからですけどね?


 渡来はなおも続ける。


「だけどほら、お笑いっていうのはボケだけやってればいいってもんじゃないじゃない?本来は相方がツッコミで、自分がボケなのに、なぜかMCでツッコミ役に回らざるを得ないなんてこともあるかもしれないわけよ」


「…………端的に言うと?」


 渡会はにっこり笑顔で、


「ちょっとボケてみて頂戴な。面白そうだから」


 ため息。


 きっと、昨日の夜にお笑い番組でも見たのだろう。渡会千尋ちひろと言う人間はつまりはそういう人間だ。その時その時のノリとテンションで生き、四方八方に毒を吐き続けているのだ。


 とはいえ、


「ボケればいいんですね?」


 いつもに比べると大分楽な役回りのような気がした。


 何分渡来の発言は洒落にならないものが多く。途中でストップをかけておかないと、どこから“炎上”の火の手が上がるのか分かったものではなくなってしまうのだから。


 それに比べたら、渡来が突っ込むためにボケるくらいは大したことではない。


 と、考えていたのだが、


「……………………」


 渡来が不満げに、


「どうしたの?早くボケて頂戴な」


 困った。


 こんなことを言うと渡来に笑われるかもしれない。


 ボケが、思いつかないのだ。


 一体何を言えばいいのだろう。布団がふっとんだ?そんなどこにでも転がってそうなボケを出そうものなら、「あなた、頭大丈夫?」と本気で心配されること請け合いだ。


 どうしよう。


 四月一日が必死に無い知恵を絞りだして、出た言葉は、


「どうしてボケにツッコミのMCなんてさせるんだろうな?適材適所って言葉があるだろうに。全く」


 渡来の発言から毒を当社比80%オフにしたような、なんでもない感想だった。


 それを聞いた渡来はというと、


「あなた…………ツッコミしか出来ない、生粋のツッコミ人間なのね……」


 憐れんでいた。


 見たことが無いくらいの哀れみの視線だった。


 こっちを見ないで欲しい。


「……仕方ないだろ、慣れないんだから」


 渡来はため息をついて、


「まあ、そうね。考えてみれば、四月一日くんも私もボケというタイプではなかったわね」


「ちょっと何言ってるのか分からないっすね」


「パクりはやめなさいな、パクりは」


 うるさい。


 リスペクトって言ってくれ。


 思いつかないんだから。

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