34.慣れないことをしても面白くないだけよ。

「喜びなさい、四月一日わたぬきくん。今日はスペシャルゲストを連れてきたわよ」


 ある日、渡来わたらいさんが妙なことを言い出した。


「スペシャルゲスト?」


「そうよ。まあ、呼んだ方が早いわね。良いわよー?」


 と、教室の外に向けて手招きする。すると扉の陰からおずおずと一人の女子生徒が現れた。誰だろう。少なくとも四月一日には覚えがなかった。


 渡来はその女子生徒を自らの席に座らせたうえで、後ろに立って両肩を掴み、


「わっ!?」


「紹介するわ。本日のスペシャルゲストにして、友達の、六角ろっかくまといさんです。ぱちぽちぱち~~」


 そう口で言いつつ軽く手を叩く。それにつられるようにして六角も軽く手を叩く。

 しかし、いま重要なのはそんなところではない。


 四月一日は正直な感想を口にした、


「友達…………いたんだ」


 そりゃそうだ。


 確かに、見た目は良い。美人と言っても差し支えない。


 ただ、それはあくまで男性視線の話だ。


 これだけの容姿に、歯に衣着せぬ言動だ、女性社会で敵を作っていたとしても何ら不思議ではないし、友達がいなかったとしてもおかしくはない。


 いや、むしろその方が自然とすら言えるのではないだろうか。なにせ、“あの”渡会だ。二言目には毒を吐き、三言目には炎上しそうなワードを出しそうになる彼女だ。友達がいるというほうがよっぽど驚きだろ思う。


「…………後で覚えてなさいな……」


 だから、人の心を読まないでくださいね?


 それはともかくとして、


「えっと……六角さん、だっけ?」


 六角はそんな言葉にたいして、


「あの、四月一日さんですよね?」


 質問で返された。まあ、いい。それをいちいち咎めるほどではないだろう。四月一日は短気なスタンド使いではないのだ。


「えっと、そうですけど」


 素直に答える。すると六角の目がぱあっと明るくなり、


「わ、本物だ。あの、握手していいですか?」


 と言いながら両手で四月一日の手をがっしりつかんでぶんぶんと振って来た。これは正確に言うのであれば「握手していいですか?」ではなく「握手しますね」ではないだろうか。なるほど、流石は渡会の友達というだけはある。癖が強い。


 四月一日は渡会に、


「しかしまあ……今まで知らなかったぞ。うちの学……友達がいるなんて」


 渡会は不満げな色をにじませ、


「なんでうちの学校っていう範囲を取っ払ったのかはまあ、聞かないでおくわ。ええ、そうよ。まあ、クラスは別なんだけどね」


 それに対して六角が、


「ん?クラスっていうかそもそもぅわっ!?」


 渡会ががっつりと口をふさぎ、


「纏?さっき言ったことをもう忘れたのかしら?あなたはにわとりではないでしょう?思い出しなさいな。いいから」


「んんんんんんんん」


 何を言っているのかがよく分からない。


 ただ、渡会はそれで分かったらしく、六角の口元から手を放して、


「分かればいいのよ。全く、貴方は昔っから隙だらけね」


「ほめないでよー」


「ほめてないわよ、全く……」


 なるほど。


 流石に、友人と言うだけはある。


 あしらい方が実に見事だ。ああやれば渡会相手にも優位に立てるのか。


 よし、実践してみよう。


「まあ、いいわ。今日はちょっと紹介をしたかっただけだから……四月一日くん?」


「ん?なぁに?」


 ゆったりとした口調。まったりとした雰囲気。これがきっと、渡会をあしらうために必要な、


「…………はっ、猿みたいな学習能力ね」


「……………………」


 違ったらしい。


 ……まあ、知ってたけどね。うん。知ってた。


 …………ちっ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る