8.転売で利益が生じる売り方が間違ってるのよ。

 ある日。


 渡会わたらいさんは一時間目を休んだ。


 彼女が授業をサボるのは別に今に始まったことではないし、本人曰く「ちゃんと出席日数は計算してあるから大丈夫だ」とのことなので、四月一日わたぬきも心配はしていないのだが、ここ最近は毎日きちんと登校し、授業を聞いているか聞いていないかを不問とすると、一応全ての時間、席には座っていたので、珍しい光景と言えば珍しい光景と言えた。


 そんな彼女が学校に現れたのは二時間目が終わった後、休み時間になってからだった。


 額には汗をかいて、制服のネクタイはとっぱらわれた挙句胸元はきわどい位置まで開けられ、片手には鞄、もう片方の手にはコーラのペットボトル──なんと1.5リットルのファミリーサイズだ──があった。


 そんな彼女は自分の席にあぐらをかいてどっかりと座り、机の横に鞄をかけると、もう片方の手に持っていたコーラをラッパ飲みして、


「ねえ、四月一日くん。ちょっと貸してほしいものがあるんだけど、いいかしら。もちろん報酬は弾むわ」


 さて。


 なんだろうか。


 彼女が四月一日に何かを借りる。


 正直余り想像はつかなかった。


 少なくとも文房具や教科書の類でないことだけは確かだ。文房具が無ければ買ってくるし、教科書が無ければ、適当な別の教科書を広げた挙句居眠りを決め込むのが彼女だ。 


 では何だろう。


 分からなければ聞いてみればいい。


 四月一日は素直に、


「なんですか?俺が貸せるものですか?」


「簡単よ。ダイナマイトをあるだけ貸してちょうだい?」


「人がまるで兵器を大量に備蓄してるみたいに言わないでもらえます?」


 そもそもダイナマイトといえば基本的に使い切りではないか。それは「貸す」ではなく「売る」である。立派な武器商人の完成だ。


 渡会は再びコーラを煽るように飲み、


「ねえ、四月一日くん。品薄商法で希少価値を出して「凄いもの売ってる感」を出してる企業の本社ビルなんて爆破してもいいと思わない」


 思わない。


 例え相手に否があっても本社ビルを爆破するのはよくないだろう。爆破されるのは、竹書○房。しかも漫画やアニメの中限定だ。


 それよりも、


「もしかしてですけど……今日授業を休んだのって」


「発売日の争奪戦に参加するためよ。土曜日に授業をやる方が悪いのよ全く」


 どうやらお目当ての商品は土曜日に発売するらしい。四月一日は探りを入れる。


「ちなみに何を買いに行ったんですか?」


「秘密に決まってるじゃないの。いやあね。これだから思春期の男子高校生は。すぐ乙女の秘密を暴こうとするんだから」


「自分で乙女って言いますか」


 取り合えず乙女を自称するならあぐらで座るのはやめるべきだし、コーラを(しかも1.5リットルのペットボトルを)ラッパ飲みしてはいけないだろうし、ネクタイだってきちんとしているべきだし、胸元も、


「乙女を名乗るなら、ネクタイくらいきちんとしめたほうがいいんじゃないですか?」


 そんな指摘を受けた渡会は自分の胸元をじっと眺め、


「あら、いいの?四月一日くん的にはこのままの方が眼福なんじゃないかしら」


「乙女を名乗るなら、ネクタイくらいきちんとしめたほうがいいんじゃないですか?」


 渡会ははっきりと聞こえるように舌打ちし、


「チッ……反応しない作戦ね……仕方ないわね……」


 のそのそとポケットからネクタイを取り出して、しめなおす。


「あーあ。こういうとき「あら、ネクタイが曲がっていてよ」みたいにしめてくれる優しい先輩が欲しかったわ」


 どこの百合世界だ、どこの。

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