15.キャラは好きよ?ゲームは嫌いだけれどね。

渡会わたらいさん渡会さん」


「なにかしら朝からテンションが高くてウザいわね。もうちょっと朝っぽいローテンションにしてちょうだいな」


 おかしい。「朝」と「ローテンション」というフレーズがいまいちかみ合わない。今日はこんなにもいい天気だというのに。


 ただ、それが要望なら仕方がない。四月一日わたぬきはやや声のトーンを下げて、


「あれ、アニメ化するんですよ」


「あれ?なんのことよ。ちゃんと伝わるようにしゃべりなさいな。猿なのかしら?」


 その言葉、そのままそっくりいつもの君に返していいかい?


 ただ、今回はそんなことではめげない。


「ほら、この前渡会さんに教えたやつあるじゃないですか。あれがアニメ化するんですよ」


 そう。


 アニメ化である。


 ずっとプレイしているゲームが、である。


 アニメ化がステータスではないと言われて久しい昨今だが、やっぱり実際に決定すると嬉しいものだ。ところが渡会はさらっと、


「ああ、あれはもうやめたわよ」


「…………はい?」


「だから、やめたって」 


 四月一日はずずずいっと近づきながら、


「え、なんでですか。あんなにはまってたじゃないですか。課金までして。それなのにやめちゃうなんて。これからが盛り上がりどころですよ。八月が本番なんですよ?アニメもやるのに」


「近い近い近い近い」


 ずずずいっと離れていく渡会。おかしい。物理的な離れ方よりも心に距離感を感じる。


「え、なんでやめちゃったんですか」


「新要素。あれが気に食わなかったのよ。なにあれ。誰も得しないじゃない。課金して力業で何とか出来るならやったけど、それも出来ない。あいつらはあれね、最近のゲーム会社にありがちな「昔のゲームに憧れてゲーム制作を仕事にしたけど才能がないから、面倒なことを難しくてやりがいがあることだっていう痛い勘違いをしている連中」ね、きっと」


「最近ちょっとマイルドだったのに、いきなり炎上しそうなこと言うのやめてもらえます?」


 彼女の毒はゲージシステムなんだろうか。一定期間発動しなかったらそれだけ強力になるとか、そういう類のやつ。お願いだからほどほどにしてほしい。


 ただ、


「まあ、あの要素はないですよねぇ」


 昔から、スマートフォンゲームにはいくつか「やってはいけないこと」がある。


 そのひとつが「上位レアリティの実装」である。


 今まで最上位に位置していたレアリティの更に上を実装し、ガチャをさせ、稼いでいく。この手法を取ったゲームで、それ以前よりも興隆したものはほぼほぼ無いと聞く。いかに課金兵でも、過去が全て無に帰せば我に返るのかもしれない。


 そして、今まさに渡会がしてきしている新要素がそれなのだ。おまけにその上位レアリティのユニットを育成するのにべらぼうな時間とりソースがかかり、しかも明らかに強い。極めつけに、それを運営が「インフレではない」と明言しているから質が悪い。


 言い方の問題はあるものの、四月一日もどちらかといえば渡会と同じ意見なのもまた、事実だった。


「じゃあ、アニメも見ないんですか?」


「知らないわよ。暇だったら見るんじゃない?」


 それだけ言って、渡会は鞄から文庫本を取り出して読みだしてしまった。こうなってしまうともう彼女は自分の世界に入ってしまって帰ってこない。


 無理やり帰還させようとすれば、最低でも暴言、最悪風説の流布が待っている。触らぬ神に祟りなしとはこのことだ。お話はここで打ち切りだ。


 余談だが、後日アニメが放映した際に、話を振ったところ、きちんと内容に関するコメントが返って来た。曰く、


「アニメの方がシナリオいいんじゃないかしら」


 とのことだった。一応、まだ気に入ってはいるのかもしれない。

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