phrase.4

16.せめて授業は出てからのほうが良かったんじゃないか?

四月一日わたぬきくんが来ない」


 そう。


 今日は珍しく四月一日くんが休みだ。


 私の前に座ってからというものの、(私の知る限りでは)一度も休むことなく登校し続けていた彼が欠席をした。多分、珍しいこと。


 常日頃から、彼は学校生活をとても大事にしていた。「今この時期は二度とないんだから、味わい尽くさないと損じゃないか?」。彼は前に、そんなことを言っていた。


 そんな彼が、欠席。


 理由は分からない。


 そもそも私は彼について大したことを知らない。名前の他に知っていることと言えば、学生生活というものに、強い執着を持っている、ということくらいだろうか。


 さて。


 そんな彼の情報を知ろうと思ったら大変だ。


 少なくとも私に、友達と言える相手はこの学校にはいない。


 いや、見栄を張った。この学校というよりも、この世にはいないと思う。


 それこそ四月一日くん以外には。


 そんな彼がいないと何とも退屈だ。前にいじりがいのあるおもちゃが座っているというのはいいものだ。


 しかもきちんと反応してくれる。


 私にツッコミを入れてくれる。


 無視もしなければ、罵倒もしない。訳の分からない理屈でご高説を垂れてきたりもしない。ちょうどいい話し相手。それが四月一日くんなのだ。その彼がいないのでは、ここに座っている意味もない。


 そんなわけで今私は職員室にいる。


 この時間ならそんなに教師が残っていないのも分かっているし、“彼女”がいるのも分かっている。


「なんだ、こんな時間に。私のところには不良しか集まらないのか?」


「そんなことないと思いますよ。少なくとも私は不良ではないので」


 彼女は失笑し、


「そうかぁ?まあ、いい。それより、四月一日の住所だったな?ちょっと待ってろ」


 通常、生徒の住所、というものは教えてはいけないそうだ。


 個人情報の保護がどうたらということが厳しくなっているらしい。生徒が生徒の家にお見舞いに行くことですら教えてくれないことが多い。


 ただ、彼女に限っては例外で、


「ほれ。他の先生方には内緒だぞ?」


 小声と共に、走り書きの住所と電話番号を渡してくれた。四月一日くんのものだ。


「ありがとうございます。お礼は何が良いですか?」


 彼女はぶんぶんと手を振って、


「いいいい。前になんでもいいって言ったら、とんでもない量の菓子折りを送り付けてきただろう。あれ、食べるの大変だったんだからな」


「食べたんですか、全部」


「食べたよ。生徒からのお礼だからな」


 良い人。人が良すぎる、といってもいいかもしれない。どこか、四月一日くんと似ているような気もする。


「ありがとうございます。それじゃ、ありがたくいただいていきますね」


「おう。持ってけ持ってけ。友達の見舞いくらい好きにすればいいんだ」


「はい。そうさせてもらいます」


「もしかして、今から行くのか?」


「ええ、もちろん」


「やっぱり不良だな」


「そんなことないですよ。失礼します」


 一つお辞儀をして、彼女の元を後にする。背後から苦笑する雰囲気だけが感じ取れた。時刻はまだ、昼前だった。

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