2.今どきは前日に予約を入れておくのよ。

 週末。


 四月一日わたぬき発案の「映画観賞会」は無事に実施される運びとなった。


 参加者は二名。四月一日と渡会わたらい


 内容は映画館で映画を見ること。


 これだけ見ればただのデートでしかない。


 ただ、こと相手が渡会となれば、そう上手くことが運ぶことなどあり得ないと言っていい。


 そもそも、彼女に恋愛感情などあるのだろうか。席が前後の隣同士となってから数週間が経つが、彼女の生態系はてんで謎である。


 不登校というわけではないのだが、いつのまにか鞄ごといないこともあれば、机には座っているものの、全く授業を聞いていないということも珍しくない。そして、ホームルームが終わり次第、


「じゃあね、四月一日くん」


 と別れの挨拶をして、ひらりと消えていくのだ。このルーティンは四月の上旬から何一つ変わっていない。彼女に放課後のおしゃべりという習慣は基本的に存在せず、すぐに教室を後にする。


 別段部活動に所属している節もなく、帰宅部のようなので、それ以降の行動は一切の謎に包まれている。


 聞いたら聞いたで「ひ・み・つ」とか言ってはぐらかされる可能性が大なので、聞かずにいる。


 そんな彼女だが、


「遅い」


 遅れていた。


 待ち合わせは大体10時。いけ○くろうの前。


 これを伝えたときに「つまらない待ち合わせ場所」という割と意味不明の苦言を呈されたわけなのだが、その苦言を呈した当の本人は一行に現れやしない。ちなみに今の時間は10時30分を回ろうかといった塩梅だ。


 別に何時に来なければ見られないというレベルの映画ではないものの、人気のものだ。早い段階で席だけ確保しておきたいという気持ちがあって少し早めの時間を設定したのだが、その意図を汲んでくれというのは流石に無理が、


「あら、早いのね」


 来た。


「早いのねって、もう待ち合わせから30分……も……」


 四月一日が振り向くと、そこには美少女ゲーから切り取って貼り付けたんじゃないのというレベルの超絶美少女がいた。


 服装は白のワンピースだが、このレベルだと素材の味が強いので、それで十分だ。それだけで、完璧なヒロインが完成する。もちろん見た目だけのハリボテなのは言うまでもない。


 渡会はふふんと得意げに笑い、


「どう?童貞には刺激が強すぎるかしら?」


 これは罠だ。


 それこそ「なんで決めつけるんだ」と言えば「あら、じゃあ違うのね?」と返されるし、「童貞ちゃうわ」と否定すれば「強がらなくていいのに」とくるはずだし、「そんなことない」と言えば、「あら、やっぱりホモなのね」と謎の決めつけをしてくる。


 渡会という人間はつまりそういう女なのだ。


 優位を取って笑うのが大好き。


 容姿にステータスを振りすぎて、性格に振るポイントが残っていなかったのだろう。神様の雑な仕事をしたものだ。


 そんなわけで四月一日は淡々と、


「そんなことより渡会さん。今は何時何分か分かりますか?」


 渡会は一瞬意外そうな表情を見せたのち、口角を上げ、


「10時28分着の電車だったから、ここまでの時間を考えると、32分ってところかしら」


 四月一日はすぐさま腕時計を確認し、


「正解」


「ふふん。どうよ」


 胸を張る。何故そこで誇らしげに出来るのかがよく分からない。取り合えず勝ち誇っておけば負けることはないとでもいうのだろうか。


 四月一日は問いただす。


「ちなみに待ち合わせ時間は10時です。なんでそんな時間の電車に乗っちゃったんですか?」


「え?だって映画の時間はもっと後でしょ?」


 読まれていた。


「それは……そうですけど」


 確かに。渡会の言うとおり、映画の上映時間までにはかなり時間がある。正直11時集合でも間に合うくらいだ。ただ、


「ほら、事前に席を確保しておきたいじゃないですか」


「ああ、それ?私が確保しておいたわよ?」


「え」


「時間が時間でしょ?きっと席なんて確保してないんだろうなって思って。だから、既に確保してあるの。ほら、これでゆっくり行けるわ」


 四月一日は思わず、


「……もしかして、ちょっと楽しみにしてました?」


 渡会は不敵に笑って、


「さあ、どうかしらね」


 相変わらず、こういう時だけは完璧にヒロインなのだった。

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