3.残った分は持ってかえれば良いだけよ。
「映画館といえばポップコーンよね」
劇場についてすぐ、
「はあ……え、そうなんですか?」
渡会はため息をついて、
「はぁ……こんな子に育てた覚えはないのだけれどね……」
「育てられた覚えもないですね。え、ポップコーンとか好きなんですか?」
「ええ」
即答だった。
「意外ですね。渡会さんのことだから、「そんなものは空気に踊らされているだけよ」とかいうのかと」
「時々思うんだけど、あなたの中で私は一体どういう人間として処理されているの」
容姿全振りの暴言女王ですけど?
とは流石に言えなかった。その代わり、
「あ、ポップコーンって言っても味に種類があるんですね」
「あなた、時々失礼よね……」
うるさい。あんたの数々の暴言よりはましじゃい。
四月一日はなおも全力で話をそらしにかかる。
「どうしますか?塩とキャラメル。どっちにしましょうか」
渡会が、
「え、両方」
「え、即答?」
「いいじゃないの。今日はあなたの奢りなのでしょう?私、この世で一番美味しい食べ物は働かずに人におごってもらう食事だと思っているのよ」
思っているのよ。ではない。
ただ、代金を出すといったのも確かだ。
なら、
「それじゃ、塩とキャラメルをひとつづつ」
「違うわよ」
止められた。
「あれよ、あれ」
ちょいちょいと指をさす。その先にあったのは、
「……あれ、ファミリーサイズじゃないんですか?」
デカかった。
塩とキャラメルのハーフアンドハーフなのは間違いがないのだが、入れ物がまずデカい。
小さ目のバケツくらいの容量はありそうなその特別性のプラスチック容器はどうやら持ち帰り可能なようで、それを持参すると次からポップコーンが安くなるという優れものらしかった。
内容量も明らかに多い。二人で食べられなくもないが、どちらかというと子供連れの家族が買うようなサイズに見える。容器もドラ○もんがあしらわれている。
渡会がいけしゃあしゃあと、
「いい、四月一日くん。あなたは男性用女性用とか、家族向け、子供向けみたいなちっぽけな尺度で物事を見るような小さな男だったのかしら。ナニが小さいならせめて心くらいは大きくありなさいな」
そう言ってのけた上で、四月一日の肩をポンと叩いた。なぜ決めつけるのか。そして、なぜ物分かりの悪い子を諭すような雰囲気が醸し出せるのか。
事実だけを羅列するのであれば、「渡会が、欲しいものを買ってもらえなくて駄々をこねている」という感じになるのだが、それをここまで正当化できるのはある意味特技と言っていいかもしれない。詐欺師やペテン師の類が向いているんじゃないだろうか。
「向いてないわよ失礼ね」
堂々と言外にツッコミを入れるな。一応これは君に聞こえていないっていう“てい”なんだから。
四月一日はため息ひとつに、
「分かりましたって。別に買わないとは言ってないでしょう。ただ、あれ、食べきれるんですか?」
渡会はしれっと、
「さあ?」
なぜだ。なぜそこでその言葉が吐けるんだ。彼女の脳内に「つつましさ」という機能はついていないのかもしれない。どこで忘れてきたんだろう。前世かな。
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