第11話 強くてニューゲームだからこそ

 東雲しののめ紅映くれはについて語るには、彼女の兄について話さねばならないだろう。

 彼は『岩戸』のメンバーだった。


 何千億にも及ぶイナゴの群れと、それによる数百万トンの穀物被害。かつて大陸を襲った、4000万人にも及ぶ餓死者を出した蝗害こうがい


 それを、たった一人で封伐した麒麟児こそが、彼女の兄東雲しののめ碧羽あおばだった。


「この柩はね? お兄ちゃんが命がけで守った平和そのものなんだ」


 だが、代償は高くついた。

 その目は光を失い、耳は音を失った。

 触覚や味覚も嗅覚も同様だ。


 五感すべてを失った彼は、発狂し、首を掻きむしって命を絶った。


「それなのに、お兄ちゃんを守れなかったやつらが、『世界のために』なんて言葉を口にして」


 許せないよね。

 彼女は笑顔でそういった。

 口端に映る八重歯が、やけに印象的だ。


「ああ、ごめんね。つまらない話しちゃったね」

「いえ。つらいときや泣きたいときは、弱音を吐いたっていいと思います。それを受け止めるのがオレの役目なんで」

「……君は、変わってるね」


 ありがとう、気が楽になったよ。

 彼女は最後にそうほほ笑んだ。


「それじゃあね、少年くん。君には何も知らずに生きてほしいと思うけど、どうしてだろうね。またどこかで会う気がするよ」

「奇遇ですね。オレもです」

「ふふっ、そうか。じゃあ、そのときが来たら、今度は名前を聞かせてくれるかな」

「はい。もちろんです」


 呪いを発動させると、彼女は飛び去って行った。


「……」


 もう、救えない。

 彼女の悲劇は、とっくのとうに起きている。

 オレに、彼女は。


「……すくえない、のか」


 一人ごちた声が、虚空に消えた。



「って諦めきれるかぁ!!」


 スキル【アドミニストレータ】を起動する。


「始まる前から終わっていた? そんなの許せるはずがないよなぁ⁉」


 もしこれが映画やドラマならブーイングの嵐だ。

 なぜなら、たった一度のチャンス与えられない脚本は総じてゴミに違いないからだ。


 自分の人生が無意味なものだったと思いたい人間なんていない。未来を決定づける重大なターニングポイントは自分の手にも握られているのだと信じたい。


 そんなもしもをストーリーに乗せた人生。

 それこそが脚本のあるべき姿なんだ。


「この世界がゲームだというのなら、人生がクソゲーじゃないというのなら、報われない現実を否定する道があったって許されるはずだろ?」


 無我夢中でゲームを進める。

 だが、彼女を救う手段は現れない。


 主人公と結ばれれば、彼女の未来は明るいかもしれない。

 だけど、陰った過去は生涯彼女に付きまとう。

 そんなの、あんまりじゃないか。


「ふざけるな、絶対、諦めねえからな」


 紅映の悲しむ過去なんてなかった。

 それだけが、俺の願いだ。


「……待てよ?」


 一つ、思い出したことがある。

 それは、紅映ルートにおいては存在しない記憶。


「『岩戸』には、呪いを別時空に送り出す装置があったはず。そして、今のオレの手元にはあいつがいる」


 超常の柩パンドラに宿せる呪いは一つではない。

 複数の呪いを封印しておくことや、箱から箱に呪いを移したり、交換したり、解き放ったりすることもできる。


 当然、オレの柩にも複数の呪いが宿っている。


「……行けるか?」


 いや、やるしかない。

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