第9話 エロゲのモブには荷が重い

 どうして日曜日の次は月曜日なのだろう。

 なぜ創造主たる神は安息日の翌日に「よし、働くぞ」と思ってしまったのだろう。


 もしかしたら神様はおちゃめなのかもしれない。

 とすれば、懸念すべきはただ一つ。

 神様は爺さんか幼女か。

 それが問題だ。


 そう。

 そのことに比べれば、オレが学校を欠席したことなんて些末な問題なのである。


「ううっ」


 分かっていた。

 自分はゲームにとってのイレギュラーであり、ヒロインと必要以上に仲良くなってはいけないことなんて、分かっていた。

 これが正しい結末だってことも分かっている。


 だけど、感情はそれを良しとはしない。

 バーストを使った反動もあって、行動を起こすのが億劫になって、自室にこもってふて寝を続けていた。


 ――ピンポーン。


 家のチャイムが鳴った。

 来客だろうか。違うだろうな。

 楪灰家に押しかけて来る人なんて新聞や宗教の勧誘に来る人か、あるいは電気ガス水道関係が9割だ。

 こういう時は居留守を使うに限る。


 ――ピンポーン。


 家のチャイムが鳴った。

 来客だろうか。違うだろうな。

 楪灰家に押しかけて来る人なんて新聞や宗教の勧誘に来る人か、あるいは電気ガス水道関係が9割だ。


 ただですら相手にするのが億劫な相手だ。

 まして、二度もチャイムを鳴らす執拗な相手。

 こういう時は居留守を使うに限る。


 ――ピンポーン。


 家のチャイムが――。


『想矢! いるんでしょ!! 出てきてよ!!』


 家の外で、大声を上げる少女がいた。


「……ちなつ?」


 笹島ちなつである。

 ……笹島なのかな?

 オレは結局、彼女の未来を変えられたのかな。


『話したいことも、聞きたいこともいっぱいあるの』


 オレだってあるさ。

 でも、もし「もう関わらないで」なんて明言されたときには、心が折れてしまう。


『それとも、わたしのこと嫌いになっちゃった?』


 ……ああ、もう。

 彼女はズルい。

 いつもそうだ。


「……嫌いになったわけじゃないよ」

「想矢!」


 扉を開けた。

 笑顔がかわいい、彼女がそこにいた。



 どういうわけか、オレはちなつと伊勢の町を歩いていた。話題は呪いや神藤家、ではない。


「ほら見て、あの人はきっと約束の時間に遅れそうなのよ。時計と信号を交互に見ているもの」

「うん」

「あっちは付き合いたてのカップルかな? お互い距離感をはかってる感じが初々しいよね」

「うん」


 そんな感じの、たわいもない話だった。


「あの人は……」


 彼女の視線の先には浮浪者がいた。

 交差点に座り込み、数枚の小銭が入った皿を置いて道行く人に視線を送っている。


「何をしているのかしら! ちょっと聞いてくるわ」

「ばかやめろ。本気でやめろ」


 ちなつのことだから、そのまま大金を渡しかねない。場合によっては「うちで雇うことにしたわ!」なんて言い出しかねない。


「ダメよ! そんなの! あの人、きっと困っているもの! 困ってる人を見捨てておけないわ」


 ああ、もう。

 やっぱりな。

 そういうと思ったよ。


「すみませーん。少しいいですか?」


 ちなつが浮浪者に声をかけた。

 ほんと、優しいよなぁ。


「チッ」

「え、あ、あの?」


 だけど、浮浪者のほうは「ふん!」と鼻を鳴らしてそそくさとその場を去ってしまった。

 おおよそ、「じゃまだからどけ」って言われるとでも思ったんだろうな。


 気持ちはわからんでもない。

 オレだってちなつに声を掛けられたとき警戒したし、ただでさえ褒められた行いをしている自覚がなければ嫌味を言われると思って仕方ないだろう。


 ちなつがもう少し大きければ相手も激高したかもしれないけれど、子供相手にむきになるような相手ではなかったらしい。


「わたし、何か悪いことしたかな?」

「……救われる側にも、救いの手を選ぶ権利はあるってことだと思うよ」


 そうだよな。

 ドラマでもよく聞いた。

 あんたの手は借りないなんて言葉。


「そっかぁ」

「うん」

「じゃあさ、特定の誰かに、救いの手を求める権利も、あるのかな?」

「うーん? あるんじゃね?」


 相手が受けてくれるかは知らんけど。

 誰かをあてにするのも、頼りにするのも、悪いことじゃないでしょ。


「そっか。じゃあね、あのね?」


 ととっと、ちなつが前に躍り出た。

 半回転しながらオレに向かう。


「わたし、想矢ともっといっしょにいたい」


 ……ん?

 ちょっと待って。

 どうしてこの流れでそんな話になる?


「わたし一人じゃどうしようもなかった。守りたいもの、何一つ守れなかった。でも、でもね? 全部、想矢が守ってくれたの」

「それは……オレがしたくて、自分勝手に起こした行動だから、ちなつが負い目を感じる必要は――」

「ううん。負い目じゃないよ。あのね? 私の中で、想矢の存在が、どんどん大きくなっていくの。いつのまにか想矢のいる毎日が当たり前になってて、この当たり前がずっと続けばいいのにって思ってて」


 えへへとはにかむ彼女。

 お父様とお姉ちゃんがいればいいって言ってたのに、欲張りだよねと頬をかく彼女。

 だから、ね、と手を差し伸べる彼女。


「これからも、一緒にいてくれないかな?」


 ああ、ズルいなぁ。

 そんな聞きかたされたら、さ。

 断れるわけ、ないじゃんか。


「……うん。善処するよ」

「そこは確約してほしかったなぁ」

「あはは」


 ふぅ、まったく。

 エロゲのモブには荷が重い。

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