第8話 決着、超常の柩

 金属音が鳴り響いた。


 一つは笹島父のもつ超常の柩パンドラ

 爪を有する呪いの力を解放しているのだろう。

 鋭い爪が生えた手甲をまとい、ちなつの斬撃を受け流している。


 ちなつが振るっているのは機巧竹刀からくりしない

 振り方ひとつで刃が飛び出すその竹刀は、黒刃を剥き出しにして、滑る様に斬撃を繰り広げていた。


「ぐっ、いつの間に、これほどの力を――」

「はぁぁぁぁっ!!」


 ちなつの振るった剣が黒爪を弾いた。

 もろ手を挙げて隙をさらす笹島父。

 ちなつは腰だめに剣を構えると、そのまま柄を笹島父のみぞおちに叩きこんだ。


「――ッ!!」


 笹島父がうずくまる。


「……お父様。わたしは、神藤になりたいなど、一度も思ってなどいません」

「ぜぇ……ふっ……だが」

「お姉さまがいて、お父様がいて、それだけで十分なのです。何一つ、失いたくなどありません!」


 暗がりが広がっている。

 彼女の表情など、見えるはずもない。

 だけど、彼女は泣いていた。


「ですから、もう、やめましょう?」


 【ラプラス】の瞳には、手を差し伸べる少女が映っていた。笹島父は、その手を取る様に手を伸ばし、そして、やめた。


「断る」

「お父様!」

「私の人生を、無意味に終わらせてなるものか。爪痕も残せず終わってなるものか。……く、おおぉぉ」


 彼の黒柩が光輪を展開する。

 ガチャガチャと駆動音を上げて、その体積を大きくしていく。

 弾ける瘴気。

 迸るプラズマは、紫色に染まっていた。


 このエフェクトには見覚えがあった。

 ゲームの終盤で使われる、諸刃の奥義。


「呪いと融合する気か⁉ よせっ!!」


 使えば最後、9割の者が命を落とす。

 残った1割についても、7割の人間は廃人になり、2割の人間が後遺症を残す、禁忌。

 それが呪いとの融合。


「うおおぉぉぉぉぉっ!! 超常の柩パンドラ、展開!!」


 それを、笹島父は使った。

 超常の柩パンドラに飲み込まれる。


「ちなつっ!!」

「お姉さま!!」


 ちなつのもとに従姉さんが駆け寄る。


「護れ! ≪八咫烏ヤタガラス≫!!」


 従姉さんが15枚の札を宙に展開する。

 それぞれ5枚1組になったそれらは五芒星をそれぞれで描き、三重の結界が展開された。

 一目でわかる、上等な結界だ。


「しゃらくさい!!」

「ああぁぁぁぁあぁっ!!」


 その結界を、笹島父は虫を払うように破り捨てた。

 地面を転がるちなつと従姉さんの服がはだける。


「それならっ、大蛇!! 力を貸しなさい!!」


 すぐさま立ち上がった従姉さんが柩を発動する。

 六角形の形をした鱗が彼女の表皮に現れ、蛇腹の物体が彼女の周りを浮遊する。


「無駄だ!!」

「ぐぁっ、そん、な」


 だが、いわばこの状態は超常の柩パンドラの力の一部しか発揮していない状況だ。呪いと融合した笹島父のほうが、呪いの力を万全に使いこなせている。


「くっ、笹島ァァァァ!!」

「お嬢様を守れぇぇぇ!!」

「虫けらが、目障りだ」

「ぐああぁぁぁぁっ」


 奮起した神藤にまつわる家の人も、笹島父の前にあっけなく散らされてしまう。


「……ああ、そんな」

「神藤、死ね、死ね! 死んでしまえっ!!」

「……っ」

「お姉ちゃん!!」

「……大丈夫よ、ちなつ。ちなつは、私が守るから」

「違う、ちがうよ! 一緒じゃなきゃ嫌だよ!!」

「ごめんね。お姉ちゃんの、最初で最後の、わがままだから」


 一人立ち上がった彼女は、笹島父の前に立つ。


「おじさま、いえ、笹島。あなたが私の死を望むなら、それを受け入れましょう。ですから、私の要望も飲んでいただきたい。他の方は、見逃してください」

「カカカ、その要望をのむ必要がどこにある! 交渉は、対等な立場同士で行われるべきもの!!」

「……そう、ですね。わかりました。では、対等になりましょうか」

「……は?」


 瞬間、彼女は笑った。

 儚く溶けていく雪のように。


超常の柩パンドラ、展か――」

「ちょっと待った」

「――ぇ?」

「あー、無粋なのは分かってんだ。それぞれ、強い決意をもってこの盤上に上がっていて、モブが出しゃばっていい場面じゃないってのも分かってんだ。でもさ、それってさ」


 オレは双方の中間に立っていた。


「ムカつくじゃんね」

「また貴様か!! 超常の柩パンドラも持たぬ一般人ごときに、何ができる!!」

超常の柩パンドラ? あるぜ? とびきりのがな」

「は?」


 虚空から超常の柩パンドラを呼び出す。

 これも【時空魔法】のちょっとした応用だ。


「行くぜ、バースト。力を貸せよ」


 そして、オレは超常の柩パンドラを開いた。


 ラスボスの宿る禁断の箱をだ。


 バースト――バステトと言った方が伝わるだろうか。

 エジプトに伝わる猫の姿を持った神だ。


 パンドラとは開けてはならない箱だ。

 バーストとは猫を表している。


「シュレディンガーの猫は、元気か? ってな」

「貴様っ、どこでそれを……!」

「さあなっ!!」


 疾駆。

 発達した足を駆使し、やつのみぞおちに蹴りを叩き込んだ。


「無駄だ――っぐふぁ⁉」

「なんだって?」

「何故、呪いと同化していない貴様が、呪いと同化したわたしをどうして上回る!!」

「ああ、そりゃ簡単だ」


 【時空魔法】を使い、やつを空間に固定する。

 三味線に付き合って、その隙をつかれるなんて間抜けを犯すつもりはない。


「呪いにも格があるのは知ってるだろ。呪いとの同化はこの格を約1.5段階引き上げるメソッドだ。それより上の呪いを用いれば封殺することなんてたやすい」

「ふざけるな! 私の呪いは――」

「悪いね。与太話に付き合うほど余裕はねえんだ」


 バーストは世界最強の呪いだ。

 野良の呪いで太刀打ちできるわけがない。


「砕けろ」


 笹島父をぶん殴る。

 ただそれだけで、彼を飲み込んでいた超常の柩パンドラにひびが入り、ほどなくして、砕けた。


「ぐあっ、そんな! 抜けていく! 私から、力が抜けていく!!」

「安心しろ。反動軽減は施した。元の生活に戻るくらい、できるだろ」

「ふざけるな、私は、私はっ!!」

「うるせえよ。ちなつを泣かせるくらいなら、笑顔を守ってみせろよ。ろくでなし」

「――っ!!」


 笹島父の超常の柩パンドラが砕けるのを見送って、オレ自身もバーストの超常の柩パンドラに再び鍵をかける。

 あー、全身が重くてだるくて痛い。

 反動ってこんなにつらいのかよ。


「……想矢、あなた、いったい、何者なの?」


 ちなつの声は震えていた。

 ……怖がらせたかなぁ。

 嫌われたかも。

 まあ、いいか。


「通りすがりの、一般人だよ」


 もともと、オレはモブキャラだ。

 ヒロインの好意を受け止めるなんて荷が重い。

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