第7話 呪い討伐戦

「遠征についていけなくなった?」


 翌日の昼休みもまたちなつに呼び出された。

 断っても受けても地獄って地獄だな。

 周りの視線が痛い。


「お父様に連れて行ってほしいって言ったんだけど、危ないからダメだって」

「んー?」


 何か違和感を覚える。

 なんだ、なんだったっけ。


(本家が途絶えた後、神藤家にちなつを送り出したのが父親だったはず)


 原作の話だが、神藤ちなつがそう言っていた。

 本家の意志を途絶えさせてはいけない。

 受け継いでいけるのは分家だけだ。

 そんな理由でちなつは神藤に引き取られたはずだ。


(ちなつを神藤家に送るのは肯定的なのに、今回の遠征に参加させるのは否定的だと?)


 どこかちぐはぐだ。

 神藤家に引き取られれば呪いとの争いは免れない。

 話を聞く限り、ちなつの父がそれを分かっていないとは思えない。


 神藤の血筋が途絶える前と後で状況が違うってのもあるだろうけど、人物像がかけ離れている。


「想矢、わたし、どうすればいいのかな?」


 呟く彼女の瞳は揺れていた。


「よし、隠れてついて行こう」


 それで全部解決だ。



 土曜が終わり、日曜が始まる。

 いよいよ呪い討伐の日となった。


「ねぇ、想矢、本当にバレない?」

「よっぽど上位のスキル持ちさえいなければ」


 オレは【時空魔法Lv3】の空間偽装能力を使い、討伐隊の後を追いかけた。

 レベルが上がったのはギリギリだったが、時空魔法自体が上位スキルなのもあり、ここまで上がればそう簡単には看破されないはず。


「――ぁ、お父様」

「え?」


 ちなつが小さな声を出して、一人の男を指さした。

 ハクトウワシのような精悍な顔立ちをした男性だ。


「どうしてお父様がこの遠征に参加しているの?」


 彼がここにいる理由は、ちなつにもわからないらしい。だが、分かることが一つだけある。

 どうにもこの一件はきな臭い。


「追いかけよう。真相はその先にあるはずだ」


 ちなつは頷いた。

 それから、彼らの後を追いかける。


 伊勢神宮を取り囲む森を、彼らはずんずんと歩いていく。夜の森は不気味だ。昼の穏やかな緑は鳴りを潜め、ざわめく漆黒の影がどこまでも広がっている。


「神藤」

「はい」


 彼らはやがて一点で陣を敷き、ちなつの従姉さんが一歩分前に出た。よくよく見れば、その大樹には護符のようなものが張られている。


 そのお札を、ちなつの従姉さんが引っぺがした。


「――ッ⁉」


 地響きのような耳鳴り。

 空間が軋む錯覚。

 心臓が押しつぶされるような重圧がオレを責める。


「……あれが、呪い、なのか?」


 ふいに差した月明かり。

 先ほどまでの暗闇が嘘のように、煌々とした月明かりが照らしている。


 白月が照らし出す異空間。

 そこに、異形の影があった。

 蛇だ。体長5メートルはあろうかという、闇色の大蛇がとぐろを巻いている。


「はぁぁぁぁぁっ!!」


 従姉さんが飛び出した。

 相対する呪いの対処も素早い。

 長い舌先をちろちろとさせながら、従姉さんを迎え撃つ。


 二人が交錯する、その瞬間。

 従姉さんの体がぶれた。

 スキル【ラプラス】を使っていたのに、見失ったのだ。


(上⁉)


 【ラプラス】が示した先を見上げる。

 そこには白月を背に抱えた女性がいた。


「貫け、≪穿天燕せんてんえん≫」


 落下のエネルギーを十全にいかした掌底打ちが、大蛇の三角形の頭を穿つ。

 質量を持った異形の影が大地に叩きつけられる。

 従姉さんは重力の法則を無視したかのようにふわりと着地すると、懐から無数の札を取り出した。


「爆ぜろ、≪灯鶲楼とうおうろう≫」


 放たれた札は大蛇を取り囲むように宙空を舞い踊り、弾け合って大蛇を屠る。

 大蛇が声にならない声を上げてのたうち回る。

 

 その間、従姉さんは眉一つ動かさなかった。


「今だ神藤! 超常の柩パンドラに封印を!」

「委細承知」


 従姉さんが手を前方にかざす。

 その手には黒色の柩が握られている。


 柩が駆動する。

 青い光が弾け、質量保存則を無視するかのように柩は顎門を開くように変貌する。


 燐光が大蛇を取り囲む。

 一言で表せば捕食だ。

 漆塗りの柩が呪いという異形の影を飲み込もうとしている。


 否、漆塗りの柩が呪いという異形を飲み込んだ。


「は、はは、で、できました!」


 明るく弾んだ声。

 オレは最初、それがちなつの従姉さんのものだとは気づかなかった。

 呪いと対峙している最中は気づかなかったけれど、彼女もちなつとそれほど年が離れていない。

 年相応の、年頃の女の子だったのだ。

 遅まきながらそのことに気づく。


「お姉ちゃん、すごい」


 ちなつの意見に同意する。

 なんだあの動き。

 本当に人間か?


「おじさま! 私できました!!」

「ああ、よくやった。さすが神藤の者だ」

「えへへぇ」


 ちなつの父親のもとに駆け寄る従姉さん。

 瞬間、【ラプラス】が起動する。



「……ぇ?」


 見通したのは、半秒先の未来。


「……おじ、さま?」

「くか、くはははははっ」


 ちなつの父が、ちなつの従姉さんを刺し殺していた。彼の手には黒色の柩が握られている。従姉さんの物とは別物だ。おそらく、彼自身の黒柩。


 その柩は花色の光を発していて、するどい爪を彼に与えていた。

 漆黒の爪が、神藤の彼女の胸を貫いている。


「笹島! 貴様! 気でも触れたか!!」

「お嬢様!!」


 どくどくとあふれるワインレッド。

 目を見開く彼女の口から、どろりとねばつく赤色が零れる。


「気でも触れたか? そうだな。そうとも言える」


 ちなつの父が不敵に笑う。


「私は神藤の血筋に生まれなかった。生まれた時には敗北が決まっていた。ならば私は何のために生まれてきた。私の生涯に何の意味があった。無価値のまま終わらせてなるものか。ちなつに私のみじめさを味わわせてなるものか」

「笹島! おぬし!!」

「そうだ。本家の血筋をすべて断つ。そうすれば後に残るのはちなつ一人。ちなつが神藤と成り、この日ノ本を平和に――」



 【ラプラス】の効果が切れる。

 戻ってきた。元の時間に。


 時間の猶予は、わずかもなかった。

 おじのもとへ駆け寄るちなつの従姉。

 そこに向けられる、透明な殺意。


「――ッ!! 【時空魔法】≪捻転≫!!」


 ちなつの父親の腕周りの時空を歪曲させる。

 二人の距離はほぼゼロ距離。

 だが、その間に無限長の疑似空間を差し込みさえすればそれでいい。


「……なん、だと!」

「おじさま……?」


 不意の一撃のはずだった。

 虎視眈々と窺っていた一瞬の好機。

 それを挫かれたちなつの父は狼狽した。


 現状を理解できていないのは彼以外も同じだった。

 眼前に広がる異様な景色。

 どこからともなく取り出した黒の柩を稼働させている笹島という男。


 彼らが現状を飲み込むのに要した間は、オレが戦場に飛び込むのに十分な隙だった。


「何者だ!!」

楪灰ゆずりは想矢そうや。通りすがりの一般人だ。でもな、もう一人は違うぜ?」

「何を言って――」

「お父様? どういう、こと、ですか?」

「ちなつ⁉ どうしてここに⁉」

「答えてください!!」


 ちなつが実の父を詰る。

 父は答えに困った様子を一瞬だけ見せたが、すぐに落ち着きを払った。


「ちなつ、ここで起きたことは忘れて家に戻りなさい。明日にはすべてが片付いている」

「お姉さまを殺してですか⁉」

「神藤は呪いとの戦いで命を散らした。それが明日からの真実だ」

「お父様!!」


 ずっと感じていた違和感の正体が掴めた。

 呪いと戦う責務を負った神藤。

 その神藤が初陣に赴くのだから、呪い相手に引けを取らないと本家の人間が判断したに決まっている。


 だが、原作においては神藤の血筋は途絶えていた。

 原作の神藤ちなつは「従姉は呪いとの戦いで命を散らした」と聞かされていて、それを真実として扱っていた。だが、真相は違ったのだ。


 ちなつの父親が、ちなつを神藤にするために仕組んだ、悪意のある計画。


「ちなつ、実の父に刃を向ける気か?」

「お父様が誤った道を進もうとするのなら、それを止めるのが娘としての正道です」

「……っ! 私はおまえのためを思って……! どうしてそれが分からない!!」

「分かりませんわ!! どうしてその優しさを、お姉さまに向けられないんですか!!」


 白月の異空間が帳を下ろす。

 再び世界に、静寂の闇が広がる。


「……いきます」

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