第5話 桃まん
原作はどうあがいても打ち破れないのだろうか。
「想矢? どうかした?」
「あ、いや。なんでもない」
笹島ちなつが神藤ちなつになるのは確定した結末なのだろうか。
いや、そんなことは無いはずだ。
未来が確定しているというのなら、どうして原作前の、エンドロールに名前も載らないモブのオレにこんなスキルを目覚めさせたんだ。
絶望に抗う手段だろ。
「あのさ、ちなつさんの従姉が呪いと戦うっていうその日、オレもついて行ってもいいかな?」
「えーと、うーん。どうかな」
「自分の身は自分で守る。神藤家に迷惑はかけない」
どうにもおかしい。
【ラプラス】にノイズがかかっているということは、何らかの情報を見落としている、あるいは誤った情報を信じていて、未来が不確定ということだ。
そして、その不確定な未来では笹島ちなつが従姉を失う可能性が濃厚と示している。
この戦いで、確実に予想外のことが起こる。
「そんなに『呪い』が気になるの? そんな楽しいものじゃないと思うけど……」
「嫌な予感がするんだ」
「うーん、じゃあ、こうしよ?」
ちなつはくるりと回って、にししと口角を上げた。
「こっそりついてきて、見守っててよ。それで、もし危なくなったら助けに来て! ね、
すごく、絵になっていた。
もしこれがゲームの世界なら間違いなく一枚絵が挿入されている場面だ。いや、ゲームの世界なんだけどさ。
この笑顔が傷つくところを見たくない。
本気で、そう思えた。
ちなつから「連絡先を交換しよう」と言われたけれど、あいにくオレはスマホを持っていない。ちなつは「そっかぁ」と口にすると、すこし考え事をしているように見えた。
「また明日ね! 想矢!」
しばらくして、朗らかな表情で彼女はそう言った。
(……明日って学校じゃね?)
訳も分からず「また明日」とオレも返してその場を後にした。
*
さて。
授業中に他の科目の宿題をやったり、落書きしたりすることをオレの地域では内職と呼んでいた。
他の地区の学校については知らないから、もしかしたら全国一般的な呼び方なのかもしれないけれど。
オレは内職肯定派だ。
ぶっちゃけ授業とか聞いてても暇だし。
自分で読んだら5分で終わることをどうしてあんなに長々と進めるのやら。
時間を浪費するくらいなら他のことに費やしたほうがよっぽど建設的ではないだろうか。
『【時空魔法Lv1】が【時空魔法Lv2】になりました』
おお!
できた! できたよ!!
何ができたって?
(ゲームから持ってきたスキルのレベル上げ、現実でもできるじゃん!!)
オレがこの授業中にやっていたことは簡単だ。
教室内に時空魔法で領域を指定して解除する。
時空魔法Lv1でできる、たったそれだけの簡易な作業だ。
だが、ゲームで獲得したスキルはゲーム内でしか熟練度が上がらないという可能性もあった。だからこれはある種の賭けだったんだけど、まさかの大勝利である。
本来であればとっくのとうに魔力切れを起こしているはずだが、その辺は【魔力回復Lv8】があるから気にせず熟練度上げに励める。
Lv3以降はレベルアップに必要な熟練度が跳ねあがるけど、授業中でもスキルレベル上げができると分かったのは大きい。
よし、このまま続けて頑張るぞ。
オレがやる気を出した矢先だった。
昼休憩を告げる鐘が構内に響き渡る。
もう昼なのか。
レベリングに没頭してると時間がたつのってあっという間だよな。
「想矢! いっしょにお昼食べよっ!!」
「ぶふっ」
だだだだだとローカを誰かが走っているなと思ったら、教室の扉が開かれて、ちなつが現れた。
そして先の爆弾発言を残した。
クラスのみんなの視線がオレに集まる。
それはそう。
ちなつはエロゲのヒロインを張る美貌の持ち主だ。
いくら原作前でも、天性のそれはすでに如実に表れていて、修学旅行の人気投票ではぶっちぎりの一位だった。
そんな学校の天使が、冴えないオレに、声をかけているこの状況。
ギャルゲーか! いやエロゲなんだけどさ。
オレは主人公でも何でもないモブだっての。
「ごめん、オレ購買行かないと!」
「え⁉ そうなの⁉」
「うん、そういうわけだから……」
「じゃあ私もいっしょに行く!!」
「……えー」
なにそれすごく目立つ。
承認欲求が希薄なわけじゃない。
だけど衆目にさらされたいわけじゃないんだ。
ちなつと並んで歩くのは望むところじゃない。
「イヤ?」
そうやって聞いてくるのはずるい。
返答に窮する。
「嫌じゃないけど……」
そういうと、ちなつの表情がほころんだ。
陽に照らされて、花が咲くように。
「やったー! じゃあ、いっしょにゴー!!」
*
断り切れず、結局一緒に購買に来てしまった。
他の学年の人ですらローカ側によって集まって「ちなつちゃんの横にいる男だれ⁉」みたいなことを言っていた。もう許して。
「わぁ、すごい人だねぇ!」
購買に並んだ列を見て、ちなつが目を光らせる。
「いつも通りだと思うけど」
「そうなのっ⁉ わたし、購買って初めてなんだー!」
「ああ、そういえばお嬢様だったっけ」
神藤の分家。
オレのイメージする分家って、だいたい本家と遠縁で廃れがちなんだけど、笹島は結構な金持ちっぽい。
まあ『ぱんどら☆ばーすと』をクリアしたオレも、馬鹿にならない金額を持ってるわけだけど。
「笹島さん⁉ どうしてここに!」
「お前ら! 笹島さんがお通りだ!! 道を開けろ!」
「ささ、どうぞどうぞ!」
そんなことを考えていると、列に並んでいた生徒がちなつを見かけて道を譲れと口にした。
それを皮切りに、列が崩れてちなつ専用のルートが開拓される。
「わぁ! みんな親切さんだねっ!」
「オレの知ってる購買じゃない……」
「はえ? 何か言った?」
「なにも」
ちなつが人気なのは知ってたけどここまでなのか。
さすがエロゲのヒロイン。
人望が厚い。
自分と比べて涙がちょちょ切れるね。
「行こっ?」
「え、あ、ちょ」
ひぃっ。
ちなつに手を引かれてここを歩く⁉
粛清対象になりそうなんだが⁉
「うーん、何にしようかなー?」
ちなつが商品を前にして悩んでいる。
後で人が待ってるからサクッと決めてしまおうね。
「桃まん奢るから、もう戻ろう」
「桃まん?」
「ん?」
神藤ちなつの好物は桃まんだったはずだけど?
桃まんを指さしてちなつに知らせる。
「わぁ、かわいいね!」
んん⁉
なにその初対面みたいな反応。
(あれ、もしかしてこの時点ではまだ桃まんを食べたことなかったパターン?)
原作開始までは数年ある。
その間に桃まんを知るはずだった可能性も大いにある。
桃まんを初めて知るエピソードにオレが刻まれる。
それはできれば回避したい。
だってそうだろ?
推しキャラがどこの馬の骨ともわからないやつに夢中になっていたらもやっとした気持ちになるはずだ。
あくまでオレが止めたいのはヒロインの悲劇の過去であって、それ以上の関係は望んでないんだよな。
「なあやっぱり――」
「桃まん! 10個くださいな!」
「ちょ」
止めようとするより前にちなつは注文していた。
判断が早い。
てか払うのオレなんだが。
まあ10個くらい今のオレからしたら大した額じゃないけど……。
「はわわぁ! これが桃まん……っ! いっただきまーす!! んー! おいしいっ!」
スキル【ラプラス】は、彼女の好感度が上がったことを告げていた。そうだろうなぁ。プロフィールに書くほどの好物を知るきっかけになった人物だもんな。
「想矢! ありがとっ!!」
「どういたしまして」
あー、もういっか。
彼女の笑顔を見ていたら、なんかいろいろどうでもよくなった。今を生きているオレへのご褒美ってことで割り切ろう。
*
昼休みが終わるころ、
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