第4話 ちなつルート
「【アドミニストレータ】」
ちなつに剣を教えると決まり、オレがとった選択は至って分かりやすいものだ。要するに、一度ゲームをクリアしてしまおうというもの。
クリアする頃には剣術スキルのレベルもうんと上がっているだろうし、指導系のスキルが手に入る可能性もある。
「スキルとアイテムを一度ゲームに戻して……ん?」
エディットモードを開いて、気づいた。
「もしかして、現実で手に入れた
思い付きだった。
竹刀を手に持ってみると、ディスプレイの持ち物欄に機巧竹刀が追加される。ということはこれを倉庫に移動すれば……。
「預けられちゃったよ。しかも現状手に入る武器と比べて数段階攻撃力高いし」
ゲームの能力で現実を無双するだけじゃなく、現実の物品でゲーム世界でもチートができる。一石二鳥かよ。これならサクサククリアできそうだ。
*
どれだけ時間が経っただろうか。
どれだけの回数ロードを繰り返しただろうか。
「つ、ついに、ラスボスを倒したぞ!」
長く苦しい戦いだった。
しかしなるほど『ぱんどら☆ばーすと』。
ぱんどらって古代ギリシャ語なのね。
だったらばーすとが英語じゃなくてギリシャ語なのも道理だ。
エンドロールが流れる。
見覚えのないキャラ名は、今回のルートでは遭遇しなかった他のヒロインや、他陣営のキャラだろう。
いや、本当にいい話だった。
あ、オレの名前はないんですね。
オレはゲーム世界ではネームドですらないモブですか。いいもんね、現実世界で無双するもんね。
「お? 実績解除ちなつヒロインルート。エディットモードに神藤ちなつ(笹島ちなつ)が追加されました……だと?」
え、それマジで言ってるの?
オレが特に指導しなくても剣術スキルを付与できちゃうわけ?
おお?
いやでもちなつはそれで納得するかな。
目的は自衛手段の確保っぽいから、剣術スキルが身に付きさえすれば方法は問わなさそうだけど。
一応本人に聞いてみるか。
「【アドミニストレータ】解除」
目の前のウィンドウがプラズマに弾ける。
モノトーンの世界が色彩を取り戻していく。
雪解けのように、時が流れを思い出す。
「ちなつさん、先に聞いときたいんだけど、仮に今すぐ剣術スキルを覚える手段があるとして、練習の過程をすっ飛ばしてでも入手したい?」
「そ、そんなウラ技みたいな方法があるの⁉」
「例えばの話だって」
すごい食いつきがいい。
「そ、そうだよね。そんな方法あるわけないよね。うん、分かってる、そう簡単にスキルが手に入るわけないなんて。厳しい修行でも耐えてみせるよっ!」
「なるほど。だいたいわかった」
やっぱり彼女にとって大事なのは自衛手段の確保みたいだ。訓練という過程はそのために必要な筋道にすぎず、ショートカットがあるならそれを選択するのもやぶさかではない。そんな様子が言外に伝わってくる。
「もっかい【アドミニストレータ】起動っと。ちなつに【剣術Lv8】と【身体強化Lv7】、それから【超直感】あたり付けとけばいいか」
そんじょそこらの敵には負けないでしょ。
なにせゲームのラスボスと戦ったときのスキルだからな。地のステータスが低いとはいえ、戦闘能力としてはオーバーすぎるくらいだと思う。
「オレのほうは【ラプラス】だけ用意しておけばいいかな」
ラプラスはゲーム中盤で手に入りながら、終盤まで大活躍する有能スキルだ。効果は現時点におけるすべての情報確認と、そこから導き出される未来の予測。
ラスボス相手には効かないスキルだけど、それ以外の相手には圧倒的な効力を発揮する。
「【アドミニストレータ】解除」
「ねえ、さっきから何をして……、え? なにこれ」
ちなつ視点だとオレは壊れたように「あどみにすとれーた」と呟く奇人に見えてるかもしれないな。 【アドミニストレータ】発動中は世界の時間が停止するからね。
「んひゃぁっ! なに、体の奥から、力が湧いて」
肩を抱き、頬を染め、口をきゅっと結ぶちなつ。
ときおり色っぽい吐息が零れる。
「想矢……なに、したの?」
「んー、簡単に言うと、ウラ技を使った」
「ウラ技……?」
「うん。いまのちなつさんは剣術において世界トップクラスの技量を持ってるはずだよ」
言いつつ、機巧竹刀を彼女に渡す。
彼女が受け取ったのを見って、手ごろな大きさの小石を彼女に向かって放つ。すると、彼女の間合いに入った瞬間、小石は一刀のもとに斬り伏せられていた。
目を見開くちなつ。
「すごい、すごいよ想矢!! ありがとう!!」
「うわっぷ、ちょ、ちなつさん?」
「ちなつでいいよ!!」
最初、タックルでもされたのかと錯覚した。
それが間違いだと気づいたのは、特殊スキル【ラプラス】を発動させたからだ。
どうやらちなつは、オレに対して強く抱擁しただけらしい。【身体強化】のスキルをつけているだけで、ハグは殺人術の域まで発展するらしい。
まあ、一周回って安心か。
こんだけやれば従姉さんの身に危険があってもちなつが助けに行けるだろ。
「……は?」
ザザザと視界に走るノイズ。
【ラプラス】が、知覚しうるすべての確定した現在から導き出した未来予想。
それは――。
「もー、ちなつ呼びに不満があるのー⁉」
笹島ちなつが、神藤ちなつに変わる未来だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます