第3話 原作ブレイク? 上等だ
「剣? なんでオレ?」
「イヤ?」
「嫌とかじゃないけど」
歯切れの悪い感じになったオレに、ちなつは嫌じゃないなら何が問題なのかとでも言いたげな表情を向けてくる。
「普通に剣道の先生に習った方がいいと思うけど」
「それは……、えっとね! あの先生が剣術スキルを覚えたのは15才なの! 想矢のほうが早いよねっ!」
「教える才能はまた別だと思うけど」
オレのほうが早く覚えたとしても、あの先生にはそれを補ってなお有り余る経験があるし、ぶっちゃけオレに習う意味はないと思うんだが。
「うぅ……分かったよ。事情を話すから」
「事情?」
「わたし、あの先生に、というより、人から戦闘技術を習えないの」
「習い事を習うお金がないとか?」
「ちがうよー、わたしはこんなだけど
「……は? 神藤?」
なんで、こいつの口からその名前が。
え、だって、それって。
(神藤って、ゲームの中の話じゃないのか?)
神藤ちなつを幼くした容姿の笹島ちなつ。
ただのそっくりさんだと思っていた。
だけど、もし。
(この先、何かしらの理由で、笹島ちなつが神藤姓を名乗らないといけなくなるとしたら?)
例えば――。
「分かってるんだ。わたしが令嬢に似つかわしくないなんて、わたし自身が一番、ね?」
「あ、いや、べつにそんなつもりじゃ」
思案にふけるオレをちなつはどう受け取ったのか、口をとがらせ、ぷいと視線をそらしてしまう。血縁関係で厄介ごとを抱えているのは間違いなさそうだ。剣を習おうとするのもそれが原因か。
「……ごめん。詳しく聞かせてもらってもいいか?」
ちなつがオレをちらりと一瞥する。
なんだかバツが悪くなって、顔をそらしたくなる。
だけど、なんとなく、目をそらしてはいけない気がした。
ちなつはしばらくオレの目を見ていた。
それから、瞳を揺らし、口を二度三度開いたり閉じたりして、それから、呟くように口を開いた。
「信じてもらえないかもしれないけど――」
ちなつはぽつりぽつりと話した。
オレは時折うんうんと頷いたり、あーと曖昧に同意を示したりしながら各所に相槌を打って話を聞いた。
それから、最後に一つ。
「まじかよ」
口をついて出たのはそんな言葉だった。
「まとめるとこうか? 神藤家は代々『呪い』っていう超常現象と戦う組織で、ちなつさんの従姉が今度、初めての実戦におもむく。心配で駆け付けたいけど、危険な戦場に自分の身も守れない状況でそうもいかない」
「うん。でもやっぱり、呪いとか信じられないよね」
ちなつはえへへと苦しそうに笑った。
その様子に、オレはなんとなくこれから起こることを察してしまった。
(これ、ちなつの従姉さん死ぬやつじゃん)
オレは知ってるんだよ。
神藤ちなつが、家族の話を聞くたびに悲しそうな挿絵に切り替わるのを。すぐにいつもの明るい表情に変わるけど、親族に何かしら悲しいことがあったのは間違いない。
そして、そう考えればちなつの苗字が神藤に変わっているのも納得できる。
本家の従姉さんが呪いとの戦いで死んでしまう。
血筋の途絶えた本家は分家からちなつを引き取り、ちなつは神藤姓を名乗ることになった。
そう考えればすべての辻褄が合ってしまう。
「オレ――」
信じるよ。
そう言おうとして、口をつぐんだ。
(もしここがゲームの原作前の世界だとして、原作ブレイクしてもなお【アドミニストレータ】は有効なのだろうか)
ちなつの従姉を救うということは、神藤ちなつの生まれる未来を否定することだ。それはアドミニストレータが描くゲームの世界とは別物。
せっかく手に入れた、チートスキルが、効能を失ってしまうかもしれない。それでもいいのか?
「オレ、信じるよ」
悩んだのは一瞬だった。
「……想矢って、オカルトとか信じるタイプなんだ」
「そういうわけじゃないけど」
「だったら、どうして?」
どうしてって、そんなの決まっているじゃないか。
「こっちはキャラクターじゃなくて人間だからな。魂だってあれば、感情だってある」
泣きそうになっている子が目の前にいるのに、見て見ぬふりをするなんて最低にダサいじゃんか。理由なんてそれだけあれば十分だ。
だけど少しして、だんだんと自分の発言が恥ずかしくなって、顔をそむけた。すると、くすくすと笑うちなつの声が聞こえた。
「なにそれ、全然カッコつけれてないよ」
「……うるせぇ」
「でも、ちょっと頼りがいがあるかも」
ちなつが笑うと、お日様が顔をのぞかせたような明るい気持ちになれた。覚悟ができた。
「おう、任せとけ」
原作ブレイク?
上等だ。
(ヒロインの悲しむ過去なんて、一切合切、オレが奪ってやるぜ!)
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