第39話 その後

 翌日。


 激闘の『論争』を制したにも関わらず――生徒たちからの賞賛は特になく。いつも通りに恐れられ、いつも通りの毎日が始まった。まだまだ、僕の独裁的イメージが払拭できないのは勿論のこと、距離感というか――むしろ、悪化した気がしないでもない。

 段々と見慣れてきた通学路、僕に話しかけてくる生徒も同じく、


「やっほうおっはよう! 言也君」

「おはよう。相変わらず元気だね、夕凪」

「体の方は、もういいの?」

「おかげさまで、大丈夫だよ」


 思い返せば、節々が痛む。

 夜凪との『論争』終了後、目が覚めたら僕は保健室のベッドにいた。その周囲には天音先輩、風宮さん、夕凪と――見慣れた顔付きが勢揃いだった。どうやら、僕の治療をしてくれていたらしい。

 そう、治療をね。


「……それにしても、全て僕の勘違いだったとはね」


「あはっ。過保護すぎるだけで、夕凪のお兄ちゃんは優しいよ?」


 邪気のない笑顔に、嘆息を一つ。

 過保護すぎるお兄ちゃん、か。まさか、向こうの要求していた校則が――『葉言高校の男子生徒は、俺の妹に一ミリたりとも近付くな』だったなんて。ただの重度なシスコンなのでは――夕凪が治療をしていたのは、自分ではなく周りに対してだったという。簡単な話、妹に近寄る男をお兄ちゃんが撃退していたわけだ。

 そうは言っても、夕凪も年頃の女の子――だからこそ、干渉されないように家を飛び出した。けど、お兄ちゃんが血眼で捜しに来たと。


 ……強い人でないと駄目、ね。


 今なら、あの時の言葉にも納得できる――生半可な方では、お兄ちゃんに半殺しにされてしまうのは必然だ。まさに、トラブルメーカー。故意ではなく、天然成分が満載だから文句すら言えないよ。

 僕は振り返りを凝縮した伸びを空に向けながら、


「それにしても、すごいよね」

「??? すごい?」

「夕凪の『言霊』だよ。本当に助かった」

「治すのは得意中の得意だからね。治した後は、誰も近寄らなくなるけど。……お兄ちゃんに怯えて」


 その気持ち、激しくわかるよ。


「……でも、ありがとう。言也君」


 ぽつりと、一言。


「なにかお返しに、夕凪にできることはないかな?」

「治してもらったから。それで十分だよ」

「駄目っ! それとは別になにかしたいの! なんでも言ってよ。ね?」


 なんでも、と言われても――しばし沈黙。そうだ!


「じゃあ、これからもずっと僕を治してほしいな」

「ふぇ? 今、なんて」

「ずっと僕を治してほしいなって」

「ず、ずず、僕っ? そ、それは、どういう」


 僕は力強く頷く。

 ここ最近、身体的ダメージをよく受けるからね。天音先輩や、風宮さんにいじめられた時には是非とも専属で治してもらおう。

 何故か、夕凪は頬を真っ赤に染めながら、


「……そ、そのお返しは、なんていうか。へ、返事は後でいいかな? ゅ、夕凪、先に教室行くね」


「へっ? って、別に一緒のクラスだか」


 皆まで言う前に、小走りで行ってしまった。


「朝からプロポーズですか」


「プロポーズ!?」


 いつの間にか背後、風宮さんが立っていた。


「深く受け止めれば、結婚しように聞こえますね」

「えぇっ、未来を見つめすぎですよ!」

「いえいえ。乙女はいつどのタイミングで、恋の爆発モードに入ってもおかしくないですから。……不覚にも、あの『論争』は格好よかったですよ。惚れてしまっても、仕方のないことかもしれませんね」


 そ、そんなモードがあったのか、初耳ですよ。


「……聞いていますか?」


「えっ? は、はい。……風宮さんにも、あるんですか? その、恋の爆発モードとやらです」


 正直、最初の方しか聞いてなかった。


「私、ですか」


「はい。どうでしょう?」


 誤魔化すよう、僕は問い掛ける。風宮さんは一瞬の間、沈黙して、


「どうでしょうね」


 微かに、風宮さんが笑ったような気がした。

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