第38話 決着
『世界の法則』
人々は、いつ如何なる時に置いても自由に発言できるべし。
これ略して『言論の自由』という。
ただの会話、質問と答えは、日常にありふれた言葉のキャッチボールである。
だが、言い争いは戦争と言っても過言ではない。
これ略して『論争』という。
人は兵器など持たない――人は己の言葉のみ信じる。
『論争』とは、具現・現象化した言葉――『言霊』と『言霊』のぶつかり合い。
敗者は勝者に従うのみ。
全ては『言霊』によって決まるのだ。
「水技――水鉄砲!」
ならば、最後の最後まで『世界の法則』に従って足掻こうじゃないか。
「僕は否定する――水鉄砲!」
目前、跳ね返す。
夜凪には、予想外の事態だったのだろう――あっさり吹き飛ぶ。既に水の膜は消え去っているので、かなりのダメージは与えられたはずだ。再度、同じ方法で――と、言いたいところだが、二度も通用する相手とは思えない。だけど、否定をすることで僕自身から追撃は不可能だ。
……否定をするだけじゃ駄目なんだ。
本質的な部分で、僕は逃げている。自分自身の『言霊』から逃げているんだ。否定をすることでは、なにも解決できない。会話を成り立たせるためには、否定の他にもう一ついる――それは違う、それはそうだ。反対する、賛成する。
結論を導くためには、もう一つ。
「僕は夜凪を倒すことに――肯定する!」
「……舐、めんなよ。死に損、ないがっ!」
夜凪が立ち上がる。
崩れ落ちそうになる体に、無理やり鞭を打つ。泣き言は言わない――しっかりと両足に力を込めて、堂々と対峙する。互い、似た動作で指先を構えて、
「水技――水鉄砲!」
「僕は肯定する――水鉄砲!」
軌道を逸らす。
これが、僕のもう一つの『言霊』――肯定だ。否定は相手の『言霊』を跳ね返すことができる。肯定は今までに見た『言霊』を使用することができる。
否定と肯定――二つで一つ! 賛否両論だ。
「なっ! なんで、俺の『言霊』を使える!?」
「……使ってないよ。むしろ、願い下げさ。これは君の『言霊』であって、君の『言霊』じゃないからね」
あくまで、軌道を逸らしただけだ。
しかし、肯定するに置いて、一つの難題が降りかかってくる。肯定するのならば、積極的に相手のことを知らなくてはいけない。そうでなくては肯定なんてできない。
……過去のトラウマが蘇る。
この『言霊』だけは、封印していた。何故なら、僕に友達がいない原因となった元凶だからだ。
使用条件は単純且つ明確――オリジナルの胸を揉むことだ。
なにふざけたことを言っている、と思うかもしれない。が、僕は至って真面目だ。『言霊』を使用するに当たって、夕凪や天音先輩のように人差し指を構えたり、風宮さんのように二本指を立てたりと、必ず動作がある。
小学生の時、同級生の胸を男女問わず揉ませてほしいとお願いした。いやらしい気持ちなんて微塵も――なかったはず、なかったよね? 好奇心が旺盛だったと言いわけさせていただこうか。兎にも角にも、それ以降は想像の通り――僕は『暴走丸』という名のレッテルを貼り付けられて、中学も含め誰も近寄ることはなかった。だからこそ、知り合いが少ないであろう遠くの高校へと、入学を決めて友達作りを――涙が溢れそうだから、もう割愛していいかな。
「僕は肯定する――風分身」
そして、偶然ながらも――僕は皆の胸を触っている。
あれだけ、小中共にトラウマになって恨んだ『言霊』が、今は僕を助けてくれる――巡り巡って因果な話だよ、本当に。
「……おい。てめえ、一体いくつの『言霊』を使えるんだ?」
「さあね」
エコーするよう響く声、ステージ上を埋め尽くした僕は言う。
「僕は肯定する――雷撃!」
多方向、乱れ撃ち。
とどまることなく、降りそそぐ雷の嵐――対し、夜凪も応戦してくる。が、その全てを貫通する。願わくは、この『論争』が終わるまで持ち堪えてくれ、僕の体!
中心部にて、踊るかのよう夜凪があっちこっちに弾け飛んだ。
情け無用――容赦はしない。完全に息の根を止めた、と感じるくらいまで追い込む。今までの怒りを全て込めて放つ。僕の意識がなくなるか、夜凪が戦闘不能に陥るか、のサドンデス――勝敗はすぐに決した。
「っか! き! ……ぎゅ、かぴゅほぅ」
断末魔にも似た叫び、煙と共に崩れ落ちる夜凪を尻目に、
「僕は『葉言高校』の生徒会長、言動言也」
追加する校則は決まっている。
「二度と『葉言高校』の生徒に――夕凪に近付くな」
『論争』終了。
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