第28話 地獄からの論争状

 見慣れた生徒会室の光景。

 今日も今日とて、僕はいつもの定位置にて椅子を暖める。


「当事者にしかわからぬよ」


 ずずず、と天音先輩はお茶を啜りながら、


「そして、ワシは天才故――小娘の気持ちなど、尚更に理解できぬ。まあ、理解しようとも思わぬがのう」

「……意外と冷たいんですね」

「この世界は言葉が全て――『言霊』が全てじゃ。単純な話『論争』で制すればよい」


 だんっと、天音先輩は飲み干した器を机に置き、


「勝てばよいのじゃよ、勝てばな」

「その理屈はわかりますが――とてもじゃないけど、勝てそうにない相手に対してはどうすればいいんですか?」

「勝つまでやるんじゃよ」

「えっ?」

「勝つまでやるんじゃよ」


 うん。

 丁寧に二回も言ってくれて、ありがとうございます。


「風宮さんはどう思いますか?」


 ふぅふぅ、と風宮さんはお茶を冷ましながら、


「暗殺すればいいでしょう」

「えぇっ?」

「寝食の間は無防備になる瞬間が多いので、お勧めします。最後の晩餐、瞳を閉じて気が付いたら永眠。どちらもパターンとしては安らかな部類に入りますので、相手にとっても問題ありません」


 問題だらけで言葉を失った。


「さて、その話はひとまず置いと――否、関係ある話ではあるか。お主にとっては丁度よい話があるぞ」

「丁度、よい話?」

「『論争状』が届いておる」

「論、争状?」

「うむ。他校からの――『論争』の挑戦状じゃよ」


 ろ、ろろ『論争』って。


「なんでそんな物騒なものが僕に――そもそも、その『論争状』のどこが丁度よい話なんですか?」


 僕の問い掛けに対し、天音先輩は不適に笑いながら、


「論争状の主は、水城夜凪じゃよ。先日の一件が絡んでいることは間違いない」


 名前を聞き、一瞬――ずきんと、右肩に痛みが走る。


「蓮、論争状の内容を読んでくれ」


「はい」


 と、風宮さんは茶色の封筒を取り出し、

『○月×日、論争を申し込む。日時の指定はそちらに任せる』

 意外と淡泊な内容だな。

 まあ、どれだけあいつが――夜凪が強かろうと、こちらには最強のお方が二人もいるわけだし、問題ないだろう。


「天音先輩と風宮さんがいたら楽勝ですよね」


 と、楽観視したのも束の間、


「なにを言っておる。ワシたちは手出し無用じゃぞ」

「ははは、冗談ですよね。ねぇ、風宮さん」

「いえ、生徒会長同士の『論争』ですよ」


 おぉ、神よ。


「そんなっ! 僕はどうすれば? あんな化け物に勝てる気がしないんですけど! 思い出すだけで右肩が痛みますもんっ!」


 うろたえる僕、風宮さんは指を二本立て、


「選択肢は二つあります」

「ふ、二つ?」

「受けるか否かです。その際にどういったことが起こるか、リスクも含めて説明しましょう」


 一つ目、受。


「受諾するということは、挑戦を受けたということになります。逃げず、真正面から挑戦状を受け取る。我が『葉言高校』の威厳は勿論のこと――生徒会長自身、支持も保たれるでしょう」


 二つ目、否。


「拒否するということは、逃げたことと同義になります。我が『葉言高校』の威厳は勿論のこと――生徒会長自身、支持もなくなるでしょう」


 風宮さんは続けて、


「言わずとも、わかりますよね? 常に勝負というものには」

「……勝者と、敗者が出ます」

「そうです。引き分けというケースも希にありますが、まず起こりえないでしょう」


 風宮さんの目付きが鋭くなる。


「勝利した場合は、現状より悪くなることはありません。問題は――負けた場合に起こります。他校との『論争』は『特別なルール』のもとに執り行われますので」

「『特別なルール』って――」

「校則を追加されます」

「――校則?」

「校則は校則です。深い意味はありませんよ」


 ただ、と、


「いかなる校則でも適用されます。どんな無理難題でもまかり通ります。『葉言高校』の女子は下着で登校しろ。男子はパンツ一枚で登校しろ。我々を見かけたら土下座しろ。相手側に負けた場合は、最悪のケース――こうなりますね」

「そ、そんな、無茶苦茶ですよ」

「無茶苦茶ですが、通用します。それが、他校との『論争』なのです」


 僕は言葉を失う。


「受けるか否かの決断は、言動さん――生徒会長にお任せします」


「……生徒、会長」


 無意識に口走る。

 重い、重すぎる――なんて責任重大なんだ。


「ワシがよい話、と言った意味がわかったじゃろう」


 天音先輩はグッと握り拳を固め、


「あんな性根の腐った男、ぶっ飛ばしてやるがよい!」


 どうやら、天音先輩の中では挑戦を受ける、と決定しているようだ。

 夕凪の代わりに僕があいつを――夕凪に負けた僕が、夜凪を倒す。勝てばいいと、結果だけ見れば簡単かもしれない。が、あんなやつにはたして僕が勝てるのだろうか。単純に考えれば、夕凪が勝てない相手なんだ。僕が勝てる根拠は全く持って見つからない。


「天音先輩、夜凪と『論争』しましたよね。僕、気絶していて記憶がないんですけど、どっちが勝ったんですか?」


 天音先輩は当然といった顔付きで、


「ふふ、完膚なきまでの大勝利じゃったよ」


 強すぎる。

 偶然とはいえど、僕がこのお方に勝てたのは奇跡に近い確率だったのだろう。


「裸にひんむいて、ゴミ捨て場に置いてきてやったからのう」

「えっ?」

「その腹いせとして、お主に『論争状』が届くことは容易に想像できた」

「えぇっ?」


 そこまで読んでいながら、そこまでやっちゃうんですか。


「まあ、安心するがよい。いくらなんでも、現在のお主が夜凪に真っ向勝負を挑み、勝てるとは思っておらぬ」


 天音先輩はドンッと力強く胸を叩きながら、


「ワシに秘策がある。任せておけ」

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