第27話 あの後、その後

「この怪我、どうやって? 結構、大きかったはずだけど」


 驚くことに、傷跡すら見当たらない。


「ふふん。夕凪ね、怪我を治すのは得意なんだよ。昔から、よく治してたからね」


「す、すごいな。なんでもありだな、もう」


 天音先輩にせよ、風宮さんにせよ、夕凪にせよ――発電、風力、水。一家にこの三人がいるだけで、なんでもできそうだよ。みんな超人すぎるよ。

 僕は傷跡があったであろう箇所を擦りながら、


「それで、ここは――」

「あっ、夕凪の家だよ。運んで来たの」

「――夕凪の、家」


 辺りを見回す。

 訪れた経緯はどうであれ、初めての異性の部屋だ。好奇心も相まってか、瞳の動きが活発になる。どうやら、ワンルームタイプの一人暮らしのようだ。ピンクを基調とした室内の模様、所々に猫の人形が並べられており――なんとも、女の子らしい部屋だった。


 ……それに、なんかいい匂いがする。


 自然と鼻が動く僕、夕凪は真っ赤な顔で両腕を振り、


「あぅ。ち、散らかってるからっ! ……あんまり見られると、恥ずかしいよ」


「ご、ごめん」


 とりあえず、状況を把握しよう。

 記憶を遡るに――店内で『論争』が始まる寸前だったよな。あの店、丸々一軒ぶっ潰されているのでは? 瓦礫の残骸しか残ってなさそう。

 しょ、詳細を聞くのが怖い。


「あのさ、僕が倒れてから――」

「大丈夫。天音さんが収拾してくれたよ」

「ぎゃ、逆に心配なんだけど」

「安心して」


 夕凪は明るい表情で、


「店が三分割にされたくらいだから」

「……そ、そうなんだ。それで、その天音先輩は?」

「天音さんなら、店に謝罪しに行くって。もうすぐしたら、戻って来るんじゃないかな」


 謝罪、か。

 さすが、天音先輩――抜かりがない。天音先輩なら、店の件についても上手にまとめてきそうな気がする。

さてと、ここからが本題だ。


「もう一つ、質問いいかな?」


「……うん。なに?」


 まあ、口に出さずとも――この質問の内容は夕凪も予想できるだろう。


「えっとさ、夜凪だったっけ。あの男――」


 僕の唇に、夕凪の人差し指が重なる。


「言也君は、束縛された人の気持ちってわかる?」


 束、縛?

 出かけた言葉を、人差し指に遮られるまま――飲み込む。


「……夕凪はね、ずっとずっとお兄ちゃんに縛られてきたの」


 その表情は、いつもの明るい夕凪からは真逆、


「なにをしても、どこに行っても、お兄ちゃんがやって来るんだ」


 とても哀しげで、辛い過去を思い出すように、


「だから、家を出たの。夕凪は普通の高校生活が送りたくて」


 普通の高校生活。

 その言葉が僕の胸に響き渡る。それは、僕自身も望んだことだからだ。確か、あの男が水城家に恥じることがどうとか――由緒ある家系なのかな。夕凪の現状を見る限り、自分で家を飛び出したのかもしれない。

 でもね、と夕凪は続けて、


「お兄ちゃんが、それを許してくれないんだ。いつでもどこでも、急に現れては夕凪を叱りつけてくるの。夕凪も反抗するんだけど、やっぱり勝てなくて。今日みたいなこと、今までに何回もあるんだ」


 全ては『世界の法則』の通りに――敗者は勝者に従うのみ。


「あは。また周りに迷惑かけちゃったし、バイト先も変えなきゃ」


 無理やり作り出した笑い、我慢していたであろうものが溢れ出し、


「……ね、言也君。夕凪はどうすれば、いいの、かな?」


 感情のこもった一言。

 すぐに人は強くなれない。歴然とした力の差、いつ現れるかわからない悪魔にどうすることもできず怯えるのみ。夕凪の問い掛けに対して、人差し指を押しのけるほどの言葉は――今の僕にはなかった。

 ただ、震える夕凪の肩にそっと手を――かちゃり、後ろからドアの開く音が響く。


「どうじゃ? そろそろ、気が付い――」


 時間が止まったかのように、皆一様に硬直する。

 ベッドの上に男女が二人いて、僕はパンツ一枚だ。先ほど、誤解して脱いだズボンに後悔をする。が、既に遅い。

 緊縛した空気の中、先に口火を切ったのは、


「……この、不埒者が」

「天音先輩、誤解です」

「五階? ここはアパートの二階じゃ。……遺言はそれでいいかな?」

「毎度のことながら、理不尽すぎる!」


 天音先輩は天使のように微笑みながら、


「天鳴――雷経」


「はぐゎす!」


 身体の中に、電気が走る。

 こ、この『言霊』は入学式の時、生徒会長就任の時に受けた――懐かしいな、なんて思い出に浸る余裕は勿論ない。

 スキップしながら、僕の足が勝手に進む。眼前に、住宅街の景色が広がる。


「そこの窓から、レッツダイビング」


「や、やだ。待って! マジで待っ――わああああぁぁぁぁ、ぉぶふっ」

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