第25話 激闘

「……ってえな。やってくれるじゃねぇか」


 男が起き上がる。

 あれだけの強烈な飛び蹴りを受けて、よく大丈夫だなと僕は驚愕した。夕凪の家系は耐久力に関して鋼に近いんだろうか。

 対峙する二人、先に口火を切ったのは、


「ふむ。水城夜凪、か」

「お、知ってたか? 光栄だねえ」

「他校の生徒会長の名くらい、頭に入っていて当然じゃろう」


 こ、この男が、生徒会長? 


「さすがだな、弓丘天音。元・生徒会長さん」

「お主もな」

「興味本位で聞いてやるよ。誰にやられた?」

「お主と比べるまでもなく、遥かによい男じゃよ」

「男? まさか、そいつじゃねえだろうな」


 天音先輩はパチンとウィンクを一つ、


「ふふ。まさしく」

「はっ! 仲良く二人でデートか。妬けるねえ」

「妬ける? 安心するがよい。ワシが今から文字違いじゃが、焼いてやる――お主を黒こげにな」

「……面白え。やってみろ!」


 緊張感が、場を制圧していた。

 一触即発、とでも言うべきか。なにかしらの動き、音、全てが開始の合図になり得る状況だろう。


 ……止めに入る?


 否、不可能の一言に尽きる。情けない、と思われても構わない。この状況に足を踏み入れる資格――僕じゃ、僕なんかでは役不足だ。恐らく、横にいる夕凪すらも。ただ、見守ることしかできない。


 ……そう。


 天音先輩の背中越しに、見守、ること、しか、


「我が『言霊』は天の音を鳴らす者――『雷神』!」


「『言霊』! 水を制する者――『水蜘蛛』!」


 激突。

 二人の殺気がぶつかり合った衝撃か、殺伐とした空気が頬をなででいく。いつの間にか店内のお客さんは逃げ出しており、ギャラリーは僕と夕凪――壁の隅っこから店長らしきおじさんだけが「やだやだやめてえ!」と、首を横に振っていた。


「水技――水鉄砲!」


 夜凪の指先から、貫通性抜群の球体が飛び出す。

 天音先輩はそれを迎撃するわけでもなく――首を横に傾けるだけで避けた。ど、どんな動体視力をしているんだ? 最早、人間業じゃない。

 お返しと言わんばかり、天音先輩は指先を構え、


「天鳴――雷撃!」


 疾走する雷光。

 それを夜凪は――無防備のまま直撃した。あっさりと、本当にあっさりと直撃したことに驚く。焼け焦げた臭いに煙。あんなの、当たればひとたまりもないはず――、


「あれだけじゃ、お兄ちゃんは倒せない」


 ――夕凪が呟く。


「お兄ちゃんは、いつもシールドを張っているから」

「シー、ルド?」

「うん。目には見えない水の膜を、全身にまとっているの」


 夕凪曰く、鎧と一緒。

 先ほどのような、瞬発力のある攻撃的な『言霊』とは違い、一度使用すれば長く持続する防御的な『言霊』だという。

 夕凪の言う通り、煙が晴れると夜凪はなんの外傷もな――、


「ぐ、がっ。ば、馬鹿な」


 ――身悶えしながら、普通に倒れていた。


「えぇっ! 夕凪、めちゃくちゃ効いてるよ!?」


「う、嘘っ! あのシールド、拳銃でも通さないのにっ!」


 天音先輩はくるくると指先を回しながら、


「ふふ、甘いのう。ワシが本気を出せば、ビルの一棟くらい簡単に吹き飛ばすぞ」


 び、ビルぅ?

 入学式の時は、さすがに威力を弱めてましたよね? 僕を世界から抹消するつもりじゃなかったですよね? 


 ……本当に、遠いな。


 天音先輩の背中を見ながら――深くそう思った。結局、夕凪を助けようとして助けられて。そう、生徒会長という座にいながら――いつも天音先輩や風宮さんに守られて。


 ……僕はなにもできていない。


 全くもって、なにもできていないんだ――結局のところは、流されるままにこうなって。


「言也、くん? 言也くん!?」


 ――視界が霞む。

 そういや、血が流れっぱなしだったっけ――夕凪の叫び声を皮切りに、僕の意識は闇の中へと飲み込まれていった。

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