第24話 どちらも好戦的すぎる

「答えろよ。なにしてるのかって聞いてるだろ」


 その男の前にいるのは――夕凪だった。

 接客で失礼でもあったのか、という雰囲気でもない。夕凪は無言で暗い表情を浮かべている。


「……無視すんなって。なぁっ!」


「ぁっ」


 一瞬のことだった。

 男は立ち上がると、夕凪の胸もとを掴んだ。夕凪がバランスを崩し、持っていた食器を床に落とす。耳をつんざく音が響き渡り、店内を静寂に染めていった。

 気にする様子もなく、男は夕凪に詰め寄り、


「聞いてんのかって――」


「なに、してるんですかね?」


 恐る恐る、僕は近寄る。


「――なんだ、てめえは」


 あまりの殺人的な眼光に躊躇する。

 しかし、見て見ぬふりなんてできるわけもなく――弱腰なのは、勘弁してほしい。周りを見ても、止めようという人は皆無。というのも、この男とは別に男性のお客が僕しかいないからね。どうにかしてあげて、という視線も自然と僕に向くよね。

 天音先輩には悪いが、こちらを優先させてもらおう。僕は二人の間に割って入る。男は面倒臭げな表情で、


「はーあ。ったく、失せろ」

「……答えになってないんですけど、それ」

「もう一度だけ言うぞ。失せろ」

「っ! だから、答えに」

「水技――水鉄砲」


 僕の右肩を、なにかが貫通した。

 次いで、激痛――っつう! 地面に片膝を突く。無意識、呻き声が漏れた。この男、平然と――いや、それより、この『言霊』は、


「やめて! お兄ちゃん!!」


 夕凪が叫んだ。

 お兄、ちゃん? おお、ぉ、お兄ちゃん? 兄貴? えぇ、嘘っ! 似ている箇所ってどこかある? 肩から血が流れ出ているせいだろうか、頭に血を回す余裕がないせいだろうか。理解が追い付かない――追い付けない。

 男は冷徹な眼差しでこちらを一瞥し、


「はぁ? 先に噛み付いてきたの、こいつだし」

「……お願い。夕凪の友達だから」

「友達、だと? この男が? ……へぇ、そうかよ」


 僕を睨み付け、男は続ける。


「じゃあ、死ね。水技――」


 えっ、死?

 話の流れが掴めない。人差し指の照準、見間違うことなく、僕の首から上に。ちょっと待って。じょ、冗談だよね? しかし、右肩の痛みがその考えを吹き飛ばす。このままじゃ、確実に脳天を貫通する角度では――、


「「水鉄砲!」」


 ――眼前、軌道が逸れる。


「俺に反抗しようってのか?」

「……言ったよね、夕凪の友達だって」

「はっ、いい度胸だな。勝てると思ってんのか、この俺に」

「……っ」


 重苦しい空気が場を支配する。

 間一髪、夕凪の『言霊』によって救われた。しかし、今の一瞬のやり取りによって、どちらの力関係が上なのか――夕凪の狼狽した姿も含めて理解できた。あくまで、軌道を逸らしただけ――相殺はしなかったからだ。

 男は苛立つ様子を前面に、


「ちっ! つうかよう、あんまり水城家に恥じることすんじゃねえよ。なんだ、この気持ち悪い店は! なんだ、その格好はっ!!」

「お、お兄ちゃんには関係な――」

「ある。てめえに自由はねえんだよ」


 自由が、ない?


「さっさと来い」


「――やっ! やめて」


 強制的、男が夕凪の髪を掴んで歩き出す。


「拒否んじゃねえ。でなけりゃ、こいつを蜂の巣にするぞ」


「……言也君」


 言われるがまま、夕凪は自ら歩き出し――、


「巻き、込んじゃって、ごめんね」


 ――視線が合うと同時、夕凪の一言が耳に響く。


「おら。行くぞ」


「ぅ、あっ」


 その瞬間、僕の脳内で火花が散った。

 現在の状況、どうやら僕は強迫の材料に使われているようだ。それを理解した瞬間、未だかつてない、今世紀、生まれてから史上初――怒髪天。右肩の痛みなど、瞬時にぶっ飛んだ。体ごと、男へとぶっ込んだ。


「こいつ! マジで殺す!」


「そうじゃ! 死ぬがよい!」


 同時、叫び声が響き渡る。

 だが、タイミングよく重なったのは声だけで――僕の捨て身の突進は大きく空振り、乱入者の飛び蹴りが決まった。かなりの威力だったのだろう。男は床を転がりながら、椅子を二つ、三つ、なぎ倒し――壁にぶち当たって、ようやく止まった。

 天音先輩は華麗に着地、ビシッと指を差し、


「ワシの旦那様に、怪我を負わせるでない」

「だっ! 急に復活したと思えば、意味不明すぎますよ。しかも、勢い有り余って夕凪ごと吹き飛ばしてますからね!?」

「む。失敬」

「それに、旦那様って――」

「先刻、ワシに告白したではないか」

「――告白!?」

「うむ。綺麗すぎるから、結婚してくれと」

「どうして!? 言葉の前後の繋がり、皆無ですよっ」

「綺麗、結婚、糸繋がりじゃ」


 と、天音先輩が指で丸を作る。

 インパクトのある解釈だ。色々、ツッコミどころ満載ではある。が、そんな悠長なやり取りをしている場合ではない。僕は夕凪に駆け寄り、体を起こす。


「大丈夫か? 夕凪」

「ぁ、ありがとう。……うぅ、鼻血が出たくらいだよ。夕凪より、言也君の方が」

「ははは。こんな怪我、大したことなくもなくてないないかな」

「分かりにくいよ!」

「本音を言うと、超痛くて泣きそう」

「分かりやすいよ!」


 付け加えるなら、血の流しすぎのせいか――頭もふらふらする。

 若干ながら、霞む視界で天音先輩を見やる。これ以上は店に迷惑が掛かります。話し合いが通じる相手とは思えませんが、なんとか一時的に事態を収拾しましょう。

 僕の視線の意味を感じ取ってか、天音先輩は力強く頷き、


「了解した」


 おぉ、さすが! アイコンタクトだけで――、


「全身の骨を粉々でいいかのう」


 ――一文字も伝わっていなかった。

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