第23話 破壊力抜群のいちご

「やっほう、お待たせ!」


 目の前に、ケーキセットが二つ置かれる。

 イチゴのショートケーキ、クッキー、紅茶、と――シンプルな三種類。甘い匂いが、鼻腔をくすぐる。


「本当にいいのか? 夕凪」


「あはっ。遠慮しないで」


 夕凪は屈託のない笑顔で、捲し立てるように、


「あ。この紅茶ね、すっごく美味しいんだよ。ストレートで飲むのがお勧めかな。それとね、それとねっ、このクッキー、夕凪が初めて焼いたの。感想、待ってるから。イチゴのショートケーキは、生クリームがふわふわしていて最高だよ! ……えっと、天音さんでしたよね。どうぞ、遠慮せずに食べてください」

「……」

「天音さん?」

「むむっ、感謝じゃ。……夕凪、だったかの。馳走になる」


 何故か、口ごもる天音先輩。夕凪は気にした様子もなく、


「はい。ゆっくりしていってください」


 と、言い残し、夕凪は仕事に戻った。

 その後ろ姿を見送りつつ、僕は紅茶を手に取る。同じく、天音先輩も夕凪を目で追いかけながら、紅茶を――なんか手元が震えてるね。カタカタ鳴ってるよ。


「あ、あの可愛らしい生き物は、なんじゃ?」 


「……可愛らしい生き物って」


 まあ、天音先輩の気持ちは重々理解できる。

 白いひらひらを重ね合わしたエプロン、黒を基調としたニーソックス、頭に装着されている猫耳――まさに、三種の神器っ! これらが、夕凪に組み合わされることにより、抜群のコントラストを発揮している。一番に注目すべきは、太股の領域だろう。眩いばかりの白い肌が、後光を放っている。なんという破壊力――狂喜っ! んん、凶器に近い。とにかく、可愛らしさ重視の制服だった。


 否が応にも、視線が釘付け――同時、渦巻く葛藤。


 待て、友達に対して好奇な目は失礼だろう! と、脳内で紳士たる天使がブレーキを掛ける。ノーノー、劣情の塊の悪魔がオッケーベイベ! と、アクセルを全開で踏む。一進一退の攻防――見たい、見れない。おぉ、ジーザスっ!

 浅はかな心情を凝縮した、ため息を一つ吐く。天音先輩は鋭い眼光で僕を睨み、


「……邪な気配がするのう」


 み、見抜かれていらっしゃる。


「ふむう。思春期真っ盛りの健全たる男子高校生なら、致し方ないことではある。……しかしっ!」


 テーブルが振動する。 

 天音先輩はケーキのイチゴを勢いよくフォークで突き刺し、


「少しばかり、心の声が長すぎるのう。ワシが目の前にいるにも関わらず、失礼ではないか?」


 き、きき、鬼神?


「目を閉じよ」

「え」

「目を閉じよ」

「りょ、了解しました」


 言われるがまま――気圧され、僕は瞳を閉じる。


「あーん」


 あ、あーん?

 瑞々しく甘酸っぱい匂いが、鼻腔に近付いてくる。こ、これは――シチュエーション的には、いやでも、まさか、


「そいぃいいやっさあああっ!」


 と、期待したのも束の間。

 威勢のいい掛け声と共に、顔面へと襲い来る圧力――衝撃。イチゴだよね、これ? とてもじゃないけど、フルーツが出していい威力じゃないよ。

 容赦のない仕打ち、僕は身悶えしながら、


「痛い! 素直に痛いっ! 口を開いた意味は? あーんした意味はっ?」

「特にないよ」

「言い切った!」

「む、イチゴが潰れてしまったではないか」

「い、イチゴより僕の心配は?」

「大丈夫だよ」

「断言した!」


 り、理不尽にもほどがある。

 そんなに怒らなくてもいいのに――そうは思いながらも、反発できないチキンハートな僕がいる。人間、素直に謝るのが一番――待て。弱気で返すから、受け身に徹してしまうから、弄ばれるんだ。時には、大胆且つ強気な切り返しも必要だろう。逆に――からかってみるか。

 僕は真正面、天音先輩を見据え、


「天音先輩」

「……な、なんじゃ? 急に、真面目な顔付きで」

「他の女性に見向きするのは失礼、と言いましたよね。だったら、今から天音先輩だけを見つめ続けます。いいですか?」

「ぇ。みっ、見つ」

「そもそも、僕が周りを見ていたのは、挙動不振だったのには――重大な理由があるんですよ」

「り、理由?」

「天音先輩が綺麗すぎて、直視できなかったんです」


 以上。

 僕なりの精一杯――うん。我ながら、なにを言っているんだろう。もう少し、マシな言い分はなかったのか。


「本当、綺麗ですよ」 


 引くに引けず、僕は続けた。 

 まあ、本音ではある。天音先輩は本当に美人だ。見た目だけなら、大和撫子と言っても過言ではない。一点だけ、個人的に主張するなら――口が余計かな。

 どうせ、冗談で返してくれるだろうと、期待を込めての発言だった。が、僕の期待とは裏腹に、


「……っ」


 頬を紅潮させながら、天音先輩が無言で俯く。

 えぇえ、予想外の反応なんですけどっ! まずい――こんな展開になるとは、微塵も考えていなかった。残念ながら、この空気を払拭させる術を僕は持っていない。


 ……黙、黙、黙、の三拍子。


 周囲の声がよく耳に響く。僕たちだけ隔絶された世界にいるようだ。俯いたまま、微動だにしない天音先輩。仕方なく、僕は食べる作業に没頭する。


「わぁ。このケーキ美味しいですね」


 生クリームのしっとり感、素晴らしい。


「うんうん。紅茶の喉越し、味わい深いです」


 渋味がなんとも。


「夕凪の手作りクッキーも、歯ごたえ抜群でがはぁっ」


 すごい硬度だね。コンクリートだろうか、これ。

 それにしても、反応がなさすぎる。相槌くらい打ってくれても――まさか、怒りを通り越して声も出せないとか? くぅ、参ったな。


「ぁ、天音先輩。僕、その」

「……」

「天音先輩?」


 んん、怒っているというより――明らか、様子がおかしいな。

 失礼、と一声。僕は天音先輩の頬をぺちぺち、むにむに、


「もしもし、もしも――」


「……」


 き、気絶している。

 そんなに衝撃的な出来事でもあっただろうか? 経緯から察するに、僕の一言でこうなった可能性は大いにありえる。が、いくらなんでも、ねぇ? 弄るのは得意でも、弄られるのは苦手とか? 意外、可愛らしい一面もお持ちのようで。

 どうしよう、と焦ったのも束の間――、


「おい。こんなところでなにしてるんだよ?」


 ――怒りのこもった、大きな声が店内に響き渡る。


 自然、そちらへと視線が向く。悪人顔負けの鋭い目付き、机に足を乗せながら、傲慢な素振りを隠そうともしていない。見るからに、態度の悪い男が一人いた。

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