第20話 救世主

「か、かか、風っ! 風宮さん!」


 思わず、抱き付いてしまった。

 泣きじゃくる子供のよう、腰にしがみ付く僕。風宮さんは冷静な顔付きで、


「……変態は、向こうで大人しくしておいてください」


「つぁぶふうっ!」


 容赦なく、蹴り飛ばされた。

 しかし、インパクトがあったのは一瞬――数秒間、ふわりと浮遊した後、自動的に自販機の裏に着地した。


 ……な、なんだ、これ? 


 なにはともあれ、危険区域から脱出――こっそりと、顔を覗かせる。チキン? 誉め言葉をありがとう。

 校舎裏、対峙する二人――夕凪、風宮さん。


「っ! あなたは、確か――」


「どうも、水城さん。先日以来ですね、お久しぶりです」


 そこで、僕は気付いた。夕凪の右腕が――まるで、なにごともなかったかのよう、もとに戻っている。幻覚? いや、確かに――宙を舞っていたはず。

 重苦しい空気が充満する中、先に口火を切ったのは、


「水により、自らを形成させているのですね」


 け、形成?


「すごいっ! 一瞬で見破っちゃうんだ」


 夕凪はパンッと手を叩きながら、


「お察しの通り、水で自分を形作る――分身? みたいなものかな。右腕を切り取られたのは、偽物の夕凪。まだまだ、中途半端にしか作れないけどね」


 一人、二人、夕凪の数が増えた。

 増えた、と言うよりは――夕凪の半身が複数、重なるようにぶれて見える。先ほどの不可解な点が、全て理解できた。

 驚く僕とは裏腹、風宮さんは平然と、


「所詮、見掛け倒しですね。弱者が身を守るための――小細工です」


 挑発するよう、そう言った。


「……言って、くれるね」


「もう一度、言いましょうか? 弱者の小細工です。べろべろばーです」


 べろっ!

 意図しての発言だと――僕はすぐにわかった。風宮さんは、標的を自らに変更させるつもりなのだろう。

 しかし、しかしですよ、そんな安い挑発、簡単に乗っ――、


「ゅ、ゆゆ、夕凪はっ! じゃ、弱者じゃ! ない、もん!!」


 ――た。

 どどん、どだっ! どんっ! 独特のリズムで地団駄を踏む夕凪。その都度、ツインテールが激しく上下する。端からでも心中ご察し可能――ご立腹度、百二十パーセントだ。


「蜂の巣にしてやるっ!」


 犬歯をむき出しに、夕凪が吼えた。

 だ、大丈夫ですかね? 僕の心配を他所に、風宮さんはいつもの無表情で、


「私の『言霊』は、風を操る者――『風神』」


 一陣の風が頬を撫でた。


「真の『論争』というものを、その身に教えて差し上げましょう」


 僕はこの時の光景を――一生涯、忘れることはないだろう。


「風魔――風分身」


 スッと、風宮さんが指を二本立てる。

 その瞬間、一人、二人、三人――なな、何人まで増え続けるんだ? 最早、数えるのも面倒なくらいに四方八方、風宮さんで埋め尽くされていく。数だけなら――単純計算、夕凪とは数十倍の差だ。明らかにレベルが違う。

 僕は驚きにより言葉を失う。夕凪も同じくして動揺を隠せないまま、


「なっ! ゆ、夕凪と一緒? そんな、こんなにいっぱい――」


「違いますよ。全て私一人です」


 風宮さんは夕凪の疑問を一蹴。


「残像が視覚に残るスピードで、動き回っているだけです」


「……だったら、全部撃ち落とせばいいもんっ!」


 一歩も引く様子を見せず、夕凪は両手を交差させ、


「水技――スプリンクラー!!」


 回転、回転、回転。

 夕凪を中心に水の球体がマシンガンのように乱射される。命中率を上げているのか、面積が広い――流れ弾により、自販機が吹っ飛んで行った。いやぁあっ! 僕の最終防衛ラインがあっ! と、続けざま、二発目が偶然にも僕を捉えて――ぁ、死んだ。反射的、目を閉じようとし――直前、水の球体が弾けた。


「風魔――風苦無」


 無手。

 だが、風宮さんがなにかをしたということは、瞬時に理解できた。驚くことに、全ての水の球体が撃墜されたようで――パラパラと、弾けた残骸が雨となり地上を濡らしていた。

 愕然とした顔で体を硬直させる夕凪、風宮さんはその眼前に立ちながら、


「圧倒的な力量差は、理解できたようですね。……では、お仕置きといきましょうか」


 夕凪の体が地上から離れる。風宮さんは天高く片手を掲げながら、


「まず、言葉を発せられぬよう――喉を絞めます」

「ぶほぁっ! あぶぶ。ぅっ、みゃぅ」

「確実に息の根を止めてから、次は――」

「ぐふぉ。……ぐばゎふっ」


 この惨劇は、しばらく僕のトラウマになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る