第19話 この世界の話し合いは一筋縄では通らない

『論争』開始。


「賛、否両論? それが、言也君の『言霊』なの?」


「初耳だろ」


 右手を軽く握り一歩、前に出る。


「……っ!」


 それに伴い、夕凪が後退する。

 警戒している様子は、すぐにわかった。夕凪にとって、僕の『言霊』は未知の恐怖。正体が掴めないまま、不用意に攻めることはできないだろう。


 一分。


 一秒。


 少しでもいい、時間を稼ぐんだ。その間、頭を全力でフル回転させる。この状況を持ちこたえるための策――策、策を! サクッとねっ! 


 ……ははっ、駄目だ。


 冗談しか思い付かない。僕の貧弱な脳細胞に、愛想がつきそうだよ。


「水技――水鉄砲!」


 夕凪が動いた。


「っ! 僕は否定する――水鉄砲!」


 襲い来る水の球体を――寸前、跳ね返す。


「水技――水影」


 呆気なく避けられた。

 あれ? 避け方に違和感――何度か、まばたきをする。今、夕凪が――夕凪の体が、ずれたような。ずれる? どう表現すればよいか。ずれた。いや、ぶれた?

 夕凪は跳ね返されたことに対し、特に驚いた様子も見せず、


「ずっと、一つだけ疑問だったの。入学式の時、生徒会長さんの『言霊』――雷を、どうやって対処したんだろうって。最初は言也君も同じ『言霊』なんだと思ってた。でも、夕凪の『言霊』も同じ要領で対処したもんね。……今のでわかったよ」


 夕凪は続ける。


「単純に跳ね返していただけ。これが、言也君の『言霊』の正体。違う?」


 て、的確すぎる。

 正解なんて言えるはずもなく、懸命にポーカーフェイスを形作り、


「ざ、ざざ、残念ながら、はは、はずれ! だな。うん」

「……言也君、嘘付くの下手って言われない? 思いっ切り、表情に出てるよ」

 ぐぅっ! 僕は観念し、少し皮肉を込めて、

「探偵でも目指したら?」

「あはっ。面白いこと言うね」


 状況は悪化した。

 まさか、こうも容易く――見破られてしまうなんて。


「でも、すごいよ。そんな『言霊』――夕凪、見たことないから。ある意味、跳ね返しは反則だよね。……だけど」


 と、夕凪は人差し指を構え、


「それ以外に、なにができるのかな?」


 跳ね返し、跳ね返しをするだけです。


「水技――水鉄砲!」


「っ! 僕は否定する――水鉄砲!」


 水の球体は――再度、ぶれるように夕凪の横を素通りした。

 当たらない、当たる気がしない。なにかやっていることは間違いない。しかし、見当なんて付くはずもない。


 ……ないない尽くしだ。


 もう駄目だ、という焦燥感が冷や汗となって頬を伝う。呼吸の回数が増える。心臓の音が高鳴る。


「……だから、言也君は表情に出すぎだよ。ちょっと、カマをかけたつもりだったんだけど、っと」


 一瞬だった。

 前頭部、ひんやりとした指先が突き刺さる。気付けば、夕凪の姿が目の前に――西部劇の指名手配犯よろしく、僕は自然と両手を空に掲げていた。

 夕凪は落胆した様子を隠そうともせず、


「期待はずれ、かな」


 参ったな。

 どう足掻いても、ここから――この窮地を一転、一変、大革命。そのような力、持ち合わせていない――わけでもなかったりする。

 一つだけ、可能性はあった。


「……ここから、逆転劇でも見せようか?」


「逆転、劇?」


「正直に言おう。僕の『言霊』は基本的に跳ね返すことしかできない。夕凪の予想通りと言っていいかな」


 僕は続ける。


「でも、おかしいと思わないか? 否定するってことは、反対があってもいいだろう。僕の『言霊』は――『賛否両論』。否定だけじゃ成り立たない。じゃあ、もう一つは? 気にならないか」


「……なにが言いたいの?」


 ぐっと、額に力が加わる。


「結論を導くためには、否定だけじゃ成り立たないのさ」


 切り札。

 これは、天音先輩、風宮さんにも言っていない。ただ、単純に――僕の個人的な理由で秘密にしていたことだ。

 だが、この状況で――そんなわがままも、言えまい。


「っ! 僕は肯――」


 言い掛けた、その時。

 僕の額が、圧力から解放された。なにが起きたのか理解するまでに、何秒くらいその光景を眺めていただろう。実際には、一秒すら過ぎてなかったかもしれない。


 ……腕が、宙を舞っていた。


 弧を描きながら、夕凪の利き腕であろう右腕が――宙を舞っていた。


「お待たせしました」


 淡々とした声で、目の前の人物は言った。


「次からは、もう少し目立つ場所でお願いしますね」

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