第17話 ラブレター?

 その放課後のこと。

 生徒会室とは逆方向、校舎の裏側にひっそりと設置されてある自販機の前に、僕は足を運んでいた。部活前の水分補給、談笑の場、生徒たちで賑わう購買部とは正反対に生徒の姿は見当たらない。こんな辺境に自販機を設置した業者は、ある意味センス抜群――売れる要素はゼロだと思う。

 何故、そんな場所に来たのか。


『放課後、校舎の裏で待っています』


 再度、僕は手紙に目を通す。

 猫さんマークの便箋、丸みを帯びた可愛らしい文字――一目瞭然。昼休みが終了し、教室に戻るや否や――机の中に入っていた代物だ。もしかしてもしかしなくても、俗にいうところの『ラブ』が付いて『レター』が付くものでは? そう、ラブレターだ。キャッチコピーなんて考えている場合じゃないよ。


 なんとなしに、自販機を眺め――なんとなしに、お金を入れる。

 上の列から左順、カフェオレ、コーラ、紅茶、特筆すべきものはない。ホットかアイスかでいえば、僕の頭を冷やす意味ではアイス――僕の頭をフル回転させる意味では糖質重視だろう。


 どれにしようかなと、思考をめぐらせると同時、僕は脳内会議を開始した。

 天音先輩の悪戯なのでは? その線は大いにありえそうだ。が、否定しよう。午前の授業、僕は自席から動いていない。手紙は昼休み、教室に戻ったら入っていた。つまり、生徒会室で一緒だった――天音先輩は除外だ。


 ごくり、カフェオレを一本目。


 風宮さんは? 天音先輩と同じ理由でそれもない。ならば、入学式でひとめ惚れしました的な熱い展開は? 一番の希望だけれど、クラスメイトの怯えようを見る限り――ありえないな。


 ごくごくり、カフェオレを二本目。


 待っていればわかる、といえばそれまでだ。しかし、このワクワクに胸躍らせる瞬間こそ至福の時といえよう。


 ごくごふっ! ごくり、カフェオレを三本目。


 なるほど。こういったシチュエーション待機のため、業者はここに自販機を設置したのではないだろうか? うーん、素晴らしい! ニクい演出だねっ!

僕は四本目を取り出す。その直後、


「言也君!」


 手紙の差出人はやってきた。 

 走ってきたのか、荒い息遣い――振り向かずとも、声、名前の呼び方、すぐに誰だか見当が付いた。改めて、その姿を視界に入れる。


「ご、ごめんね。待たせた、かな?」


 何秒かの間、無言で夕凪を見つめてしまう。

 か、可愛すぎる――上目遣いは反則だよね。まるで、地上に舞い降りた天使だ。ツインテールが二度、三度、風に揺れる間を置いてから、


「今、来たところだよ」


 カフェオレを振りつつ、お決まりの台詞を言う。

 実は四本目、なんてことは些細な問題だ。昨日、今朝の一件以来、敬遠されていたのかと危惧していた。が、この状況は――んんっ。人気のない場所、校舎の裏、最高のシチュエーションじゃないか。一体、どこでフラグが――伏線でもあった?

 もじもじと、夕凪は指先を合わせながら、


「それで、返事の方は? ……駄目、かなっ?」

「い、いや、駄目ってことはっ! ……でも、まだ、お互いにさ? ほとんど、なにも知らないし」

「そっか、そうだよね。それなら、今から――知ってくれればいいよね」

「し、知るっ?」

「夕凪の全てを見せるから」

「全てを!?」

「……心の準備は、いいかな」

「ちょちょ、待っ――」

「夕凪の『言霊』は、水辺にたたずむ者――『水蝶』!」

「――んんっ?」

「??? どうかした?」

「いやいや、どうもこうも。……そういう意味ですか?」

「違う意味でもあるの?」

「違う意味もなにも――」


 僕は猫さんマークの便箋を取り出し、


「――これ、これはっ?」

「ふぇ? 『論争』をしようっていう挑戦状だけど」

「えぇっ! ラブレターじゃなかったの!?」

「らっ! ち、違う! 違うよっ!!」


 夕凪は耳まで顔を真っ赤に、ぶんぶんと両手を振った。

 全力否定――そうですね、そうだよね。紛らわしいにもほどがある。よくよく考えてみれば、自発的ではないとはいえ――昨日の朝、あんなことをしてしまったんだ。

 夕凪からして、今の僕は変態以上――ド変態未満だろう。それ以上の好感があるはずもない。愛の告白なんて論外、勘違いにも甚だしい。どうして気付かなかったんだ! 糖分を摂取するのが遅すぎだよ、僕ぅう!

 僕はふぅと一呼吸、置いてから、


「変態でごめんなさい」

「悟りきった顔でどうしたの!?」

「……む、胸が。その」

「はぅ。むっ、むむっ」


 夕凪は胸元を慌てて押さえ、


「き、気にしてないよ。……って、言ったら嘘になる、かもだけど。あぅ、えと、入学式の日、夕凪もいきなり言也君に『論争』を仕掛けたから。……うんっ! おあいこ、おあいこっ」

「そっか。おあいこか」

「あは。おあいこだね」


 しばらくの間、お互い笑い合い――、


「それじゃ、僕はこれで」「それじゃ、始めようか」


 ――だよね。


「……今日の占い、何位だったんだ?」

「今日? 今日はね――」


 僕は問い掛ける。瞬間、夕凪の笑顔が消え去り、


「一位だったよ」


 場の空気が変わった。

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