第9話 言霊

「どうですか」


 一枚の写真を見せる風宮さん。

 そこには、僕が天音先輩を押し倒して――無理やり、キスしているかのような姿が写し出されていた。この写真だけを見た人は、僕のことを迷わず犯罪者扱いするだろう。ただでさえ高校生活が破綻しかけている最中、更に上乗せだなんて致命傷すぎる。


「……そんなことしなくても、話しますよ。僕が生徒会長を辞退したい理由くらい、ね」


 解放されたばかりの体を慣らしながら、僕は歎息を一つ、


「僕の『言霊』は、結論を導く者――『賛否両論』です」


 賛否両論? 

 と、天音先輩、風宮さん、同時に疑問符を漏らす。


「ふむ、初めて耳にするのう。パチパチッとした炭酸の風味がせんかったから、ワシと同じ『言霊』ではないと思っていたが」


 パチパチッとしたって――ゆ、指をくわえていた時か。

 話が脱線しそうなので、僕はあえてツッコミを入れずに続ける。


「天音先輩の『言霊』を跳ね返したのは、否定をしたからです」


『否定』

 文字通り、相手の発言した言葉に対して否定する。『言霊』を跳ね返すことが出来る。

 ここまで聞く限りでは、めちゃくちゃ強そうに感じるだろう。が、世の中、そんなに都合のいい話はない。


『否定』をするにあたって、複数の条件があるのだ。

 第一として、相手の『言霊』を復唱すること。第二として、僕に対して向けられた『言霊』でないと跳ね返せないこと。


 つまるところ、


「僕自身から『言霊』を使うことができないんですよ」


 防御一辺倒。

 跳ね返しという、身を守ることのみに特化した『言霊』――まあ、チキンハートな僕にぴったりなんだけどね。


 ……頑なに、生徒会長を辞退しようとする理由。


 最初にも言った通り、僕にそこまでの器はない。『葉言高校』の頂点に立つ者が、自分を守る『言霊』しかないなんて――笑える話だ。

 僕の話を聞き、天音先輩は深々と頷きながら、


「む。内容は理解した」


 と、僕が生徒会長になるのを諦めて――、


「些細な問題じゃな」


 ――ささっ? 

 今、些細な問題とか言ったような。


「ぼ、僕の話、聞いてました?」


「聞いた上で、些細な問題と言っておる。……跳ね返し、か。カウンターじゃぞ! カウンター!! 格好よいのう」


 ほぅ、と遠くを見つめる天音先輩。


「いや、うっとりする意味がわからないんですが。風宮さん、今の話を聞――」


「すぅ」


 健やかな寝息。


「――なんで寝てるの!? 起きてくださいよっ!」

「大丈夫じゃ。蓮は寝ながらでも話くらい余裕で聞ける」

「……器用過ぎますよ。忍者ですか?」

「よくわかったのう。蓮の家系は由緒ある忍者の末裔じゃぞ」

「まさかの正解!?」


 異常な情報収集能力と、気配が皆無なのはその所為ですか。

 愕然とする僕に対して、天音先輩は急に真面目な表情をし、


「兎にも角にも、お主が生徒会長を辞退することは叶わぬ。どんな理由があろうとも、叶わぬのじゃよ」


 天音先輩は続けて、


「ころころと変わりゆく生徒会長。お主はそんな学校をどう感じる? 不安には思わぬのか? 生徒会長という立場、権威を軽々しく考えるではないぞ。言葉の支配者によってルールは決定付けられる」


 つまりは、と、


「邪心のある者が支配者になれば悪になる。義に深き者が支配者になれば正義になる。簡単な話じゃろう?」


 確かに、簡単な話だ。

 学校自体の風紀――乱れ、安定。生徒会長によって決まると言っても過言ではない。天音先輩の言いたいことはわかる。だけど、


「……僕が、邪心のある人間だったらどう」


「ありえぬよ」


 皆まで言う前に、


「ワシにはわかる。人を見る目はあってな――お主は違う。そもそも、ワシの惚れた相手に限って」


 天音先輩は僕の鼻先にまで顔を寄せ、


「ありえぬよ」


 もう一度、同じことを呟いた。


「……っ」


 ち、近い。

 近い、近い、近い――慌てて、肩を押し止める。


「か、買いかぶりすぎです」


「……んっ」


 不意に、色っぽい声。


「さ、鎖骨は弱いのじゃ。……もっと、優しくしてくれんかの」


 弱々しく、八重歯を覗かせる天音先輩。

 硬直――ピシピシと、僕は石像のように固まる。いきなりの反応に、リアクションが追いつかない。


「ふふ。冗談じゃよ」

「……ですよね。驚きましたよ」

「うむ。激しくてもよい」

「そっちですか!?」


 ちょ、調子狂うな、全く。

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