第6話 風宮蓮

 怯えるクラスメイトたちを尻目に、僕は教室を後にした。

 終わった。完全に終わった。僕の高校生活が、音を立てて崩れ去ってしまった。

 

 初日だよ、初日。始まりと終わりが同時だよ。思い描いていた未来図が、遥か遠くに霞んで見える。なんのために、わざわざこんな遠い高校まで来たのやら――あれれ? 無意識のうちに涙が。

 そんな傷心モードまっただ中な矢先、


「言動さん」


「!?」


 思わず、飛び退く。

 いつの間にか、僕の目下に小さな女生徒が立っていた。

 気配など微塵も感じず――見覚えが、ある。確か、あの時、入学式の時、司会進行役をしていた――、


「風宮、蓮さん。……ですよね?」


「光栄です。覚えていてくれましたか」


 ――ぺこり、一礼。

 雪のように白い肌、軽くウェーブしながら右の肩に流れる緩やかな髪、おっとりとした瞳を包む銀縁の眼鏡――なんとも、優等生らしい印象に見受けられた。丁寧な言葉使いと動作。一見、地味な印象――その実、眼鏡の奥底からは端正な顔立ちが覗いている。


「私の顔に、なにか付いていますか?」


「いえ、なにもっ! す、すいません」


 慌てて視線を逸らす。僕の馬鹿――見過ぎだ。


「そうですか。……ところで、言動さん。少しお時間を頂けますか?」

「お時間?」

「はい。生徒会室の方に来て頂きたいのです」

「……生徒、会室」


 そういや、担任にも行くように言われていたような。


「また、明日とかじゃ駄目ですかね? 僕、今日はそんな気分にはなれな――」

「来てくれますか?」

「――いや。僕、今日は帰ろうと」

「来てくれますか?」

「だから、僕、今日」

「来てくれますか?」

「……はぃい」


 全くの無表情。

 有無を言わさぬ威圧感――圧されるままに、二人並んで廊下を歩く。やけに足音が響くと思ったら、他のクラスはホームルームの最中みたいだ。


 ……まさに、静寂に包まれた世界。


 主にそう感じるのは、真横にいる女の子――風宮さんとの間に会話がない、というせいが九割を占めているだろうけど。

 僕はなんとなしに口を開き、


「今日は、いい天気ですね」

「そうですね」

「絶好の入学式日和だと思いませんか?」

「そうですね」

「洗濯物とか干すのに、最高ですよね」

「そうですね」

「……そうでした」


 再び訪れる沈黙。

 き、機械なのかな? 無機質な反応にもほどがある。僕の会話力が乏しすぎるのだろうか? それとも、右から左に横流し? よしよし、それならば、


「胸のサイズはいくつですか? なーんちゃっ」


「Gです」


 ずぃっ?


「大きいのは、好みじゃありませんか?」


 不意の質問、僕の視線は自然と下に向くのであった。

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