第2話 生まれたとき

 話は変わるが、「八百万の神」という言葉をご存じだろうか。読み方は、「やおろずのかみ」だ。たくさんの神さまという言う意味らしい。あらゆるものに神さまがいるという考え方みたいだ。

 ぼくは人間と話しはできない。しかし、人間の話しが分かる。テレビで八百万の神の特集をしていたのを聞いて、「ぼくもその一人なんだろうな」と思ったことがある。 

 ぼくだから言えることなのだが、「あらゆるものに神さまがいる」は誤りだ。その証拠にぼくの見渡す範囲に神さまはいない。その理屈はぼくが生まれるときに聞かされた。

 

 生まれたときというのは製造されたときということだ。ぼくは機械化された製造工場で生まれた。海外の人件費が安い国では人手で組み立てられるらしいが、ぼくの場合は機械での組み立てだ。さすが国産。

 組み立て機械はロボットアームで基板を持ち上げてケースにはめたり、ビスを回してケースを固定したりする。ぼくが生まれたのは工場が長期休みになる前日だった。そのため、組み立てが完了したあと工場の棚に数日間、保管されていた。

 

 時間が長くあったので、組み立て装置の爺さんと色々と話をした。

「ワシはこの工場で組み立てを始めてもう10年になる」

 突然話しかけてきた。

「それは長いですね。ぼくはキッチンタイマーなので長くても数年の寿命でしょうね」

「それが、悪いともいえんぞ。部品を交換してもらえるのでいつも元気じゃ。でも、ワシはこの工場しか知らん。外の世界を見てみたいと思うが叶わぬ夢じゃ。それに比べ君は外の世界が見れる。」

「そういう考えもあるんですね。ところで、あなたのように話ができる装置は他にいないようですが、無口なだけですか」

「そうじゃない。こうして話ができる機械は稀にしか生まれんのじゃ。君の仲間がその棚に何百個もいるが、しゃべっているのは君だけじゃろ」

 確かにそうだった。話しかけてみても無言。単に無口なだけだと思っていたがどうやら違うようだ。

「ワシは数えきれない製品を組み立ててきた。君のように話ができる機械は10万個の1個といったところだ。外の世界に出てもめったにめぐりあわんじゃろ」

「そうなんですか。では、外の世界に出ても退屈ですね」

「そんなことはない、まずは人間の声に耳を傾けるんじゃ。色々なことを話していて飽きんぞ。我々を単なる物と思っているので、秘密も平然と話す」

 組み立て装置の爺さんが少しニンマリしたように思えた。そして、続けた。

「あとは、人間に徹底的に尽くすんじゃ。きみを買ってくれるのは一般のご家庭じゃろう。我々は人間の役に立つために設計され製造されている。役目をしっかり果たすんじゃ」

「まだイメージできないですが、がんばります」

「そうじゃ、そうすると死ぬとき、つまり、壊れるときに満足して旅立てる。使ってくれた人間からもありがとうと言われるじゃろう。それがワシらの最高の幸せじゃ」


 その後も工場が稼働するまで色々な話をした。数日後に工場が再稼働した。

「いってきます」

「もう会うことはないが達者でな」

 これが最後の会話だった。


 ぼくはホームセンターに運ばれて陳列された。安いキッチンタイマーは100円均一という店に運ばれるらしいがぼくは違った。ぼくが買われたのは陳列されて3日後だった。

「キッチンタイマーって、なんですぐに壊れるのかしら・・・・・・」

 小声でつぶやき近付いてきたのが奥様だった。

「あら、高級キッチンタイマー。日本製。うーん、3,000円か」

 そう言いながらぼくを手に取って裏の説明を読む。

「壊れたら安いのを買い替えればいいか」

 一度、ぼくを戻していなくなった。

「やっぱり買っちゃおう!」

 5分後に意を決して戻ってきた奥様がぼくをかごに入れた。これが出会いだった。


 それから3年、毎日働いている。職場は主に台所だが、時折リビングに連れていかれることがある。カップラーメンを食べるときにセットでリビングのテーブルに移動されるのだ。その時はいつも音しか聞こえないテレビが見れるのが楽しい。何度も電池が交換されて使われている。安いキッチンタイマーのように液晶の一部が表示されないようなヘマは決してしない。

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