台所より愛をこめて

松本タケル

第1話 決心

 ぼくは決断を迫られていた。

「やるしかない。あれを。今やらなくていつやる?」

 ぼくは決心した。

「お世話になったご家族の命が掛かっている」


 ぼくはキッチンタイマー。この家に来て3年になる。台所の環境は過酷だ。キッチンタイマーの寿命は長くはない。お湯が掛かることがあれば、湿気で電子回路が壊れることもある。落下も日常茶飯事だ。

 すぐ壊れるとの理由で外国製の安いキッチンタイマーを使い回す人も多い。そんなキッチンタイマー業界で僕の自慢は「メイドイン・ジャパン」。

 ある日本の電機メーカーが「キッチンタイマーは壊れやすい」という顧客の苦情を覆すために投入した渾身の商品だ。

 値段も3,000円とキッチンタイマーの中では高額だ。しかし、値段以上の価値があると自負している。防水もバッチリで衝撃にも強い。奥様もそこが気に入って買ってくれた。


「今までのキッチンタイマーは半年も持たなかったけど、このメーカーのはすごいわ。もう3年も壊れずに動いてる」

 奥様が時々褒めてくれる。旦那様は、「ふーん」と聞くだけだ。でも、ぼくは褒められてとても満足だ。


 ご家族は3人。旦那様と奥様と小学生の息子さんだ。ぼくを操作するのは主に奥様だ。時々、息子さんに操作されることもある。お湯を沸かして麦茶のパックを入れて10分待つ。この10分を設定するのが息子さんの役目だ。


 ぼくがこの家に来た頃、息子さんはまだ幼稚園に通っていた。当時は少々手荒く扱われたこともあった。しかし、小学生になってからは丁寧に扱うことを覚えてくれた。


 ご家庭の1日は奥様の朝食作りから始まる。奥様は6時半に起床して、洗濯と朝食作りをする。7時に旦那様が起床し、バタバタと朝食をとり7時半には出勤する。奥様はその後、息子さんと話しながら朝食をとり8時に送り出す。そして、奥様はテレビを見ながらパートに行く準備をして8時半過ぎに出ていく。


 一番に返ってくるのは息子さんのことが多い。しかし、火曜の午後と木曜日は奥様のパートはお休みなので家にいる。土日は旦那様が趣味の自転車で出かける以外はだいたい家族が揃っている。


 お世辞ではなくとても良いご家族だ。いつも笑顔があり楽しそうにしている。奥様と旦那様は喧嘩をすることもあるが、たいていすぐに仲直りする。ぼくはそんなご家庭で働けて嬉しく思う。できるだけ長く役に立ちたいと思っている。

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