火山と母乳の親和性について
「今日は地学の授業が印象に残りました」
「おお、夏菜子!地学!いいね!地学!」
俺がこんなにも地学に興味を示しているのは、何も地学マニアだとか、勉強の話題が好きだからとかではない。
夏菜子はあの昼休みの屋上の日以来、ずーっと、母乳の話しかしなくなったのだ。
口を開けばボニューボニュー、飲みたい飲みたい。登校時下校時廊下でバッタリ会った時どんな状況でもお構いなく!おはボニューと言いかけた時は流石に口を塞いだ。窒息死寸前まで塞いだ。
だからこの帰り道の話題に母乳以外の話題が出るのは願ってもないチャンスでありーー
それからどうにかいい感じの雰囲気になれば、告白だ……!
「あぜ君、今日はやけに食いついてきますね。最近は塩対応でちょっと寂しかったですが」
「お、おう、最近ちと体調が悪くてな!はは、でも今日はすっげー調子いいから地学の話いっぱいしような!」
はい、とパッとたんぽぽが咲いたような笑顔を見せる夏菜子。季節は赤に色めく10月だが、ここに小さい春を見つけた。守りたい、この笑顔。
「火山の形について学んだんです。たて状火山、成層火山、鐘状火山」
「いいよな!火山!ロマンがあって!あと、あの……そう、そうだ、火山によって噴火の様子とかマグマの粘り気が違ったっけな!」
頭をどうにかフル回転させて、火山の話題を続ける。今ここで火山の話題が尽きれば、間違いなくボニュー病の症状が出るだろう。それだけは避けたい。何を言っても母乳に繋げてくるあの地獄の連鎖を、ここで断ち切らねば。
「えーと、確か、たて状火山が平らっぽい形で、逆に鐘状がドームみたいな形で、前者がさらさらのマグマで、後者がドロドロだったっけな!」
「あぜ君すごいです。本当は中学の内容らしいのですが、すっかり忘れていました。それでですね、地学の和田先生が面白い自虐ネタを披露しまして」
「へー、和田先生。30くらいの女の先生だよな」
こくん、とうなずく夏菜子。
「和田先生、胸に手を当ててこう言いました。貧相なあたしがたて状って覚えとけば一発でしょって」
「和田先生、どんなメンタルしてんだ……」
「それで私!思ったんです!じゃあ和田先生の噴き出る母乳は、たて状火山の噴火と同じくおだやかで母乳の粘り気h」
「ストーーーーーップ!」
ピタリ、だるまさんが転んだみたいに固まる夏菜子に構わず「すぐ母乳の話に持ち込もうとするな」「何度も何度も言わせるな」「一度病院で診てもらえ」「産婦人科じゃないぞ精神科な」と早口でまくし立てる。
「……でも鐘状火山おっぱいから噴火したドロドロの母乳、気になりません?」
「気にならんわ!」
……あ、いや、鐘状火山おっぱい自体は気になるが。夏菜子は、成層火山と鐘状火山の間の……いや待て待て俺!流されてるぞ!また告白できない雰囲気になってるぞ!気をしっかり持て!
「ちなみに授業終わった後、先生に『じゃあ先生の母乳はサラサラなんですか?』って聞いたら、『日野、さすがに母乳までいくとセクハラ親父みたいで気持ち悪いぞ』って蔑むような目で見られてちょっとショックでした」
「よーし和田先生グッジョブだ、乗るかと思ってヒヤリとしたぞ、もっと言ってやれ」
ただし、アホ毛までしょんぼりさせて落ち込んでる夏菜子は可愛い。富士山に負けず劣らずの世界遺産だ。
「てかさ!和田先生といえば、我がボランティア部の顧問じゃないかー!そろそろ文化祭の季節だから出し物考えなくちゃなー!」
「火山と母乳の親和性についてのレポートとか?」
「アイデア力を全て母乳に振るな。そして馬鹿な大学生のおふざけみたいなレポートを公共の場に公開しようとするな」
「じゃあ……母乳喫茶」
「そもそも原料どこから持ってくんだよ!真面目に考えろ!……去年は募金と、千羽鶴だっけ」
「今年は募乳なんてどうでしょう!」
「誰がやんだよ!」
そうだ、下旬には文化祭があるのだ。今ここで告白する必要などない!後夜祭のキャンプファイヤーにでも誘えば嫌でも雰囲気が出るはず……!
未だに数々のボニュー案を出す夏菜子のアホ毛をぐいっと掴む。
「な、なんですか」
「夏菜子、後夜祭のキャンプファイヤー、誰かと約束してんの?」
「え?してないですけど……」
「じ、じゃあ……」
「してないですけど、私はあぜ君と行く予定でしたが」
まさか予定入っちゃいました?首を傾けて、ぴょこっと別のアホ毛がはねる。
……か、かわいい。あとうれしい。
「い、いや、と、当然俺と回ってくれるよな!って意味で……あ、俺あっちだからじゃあな!」
「? はい、また明日。後夜祭楽しみですね」
後ろで弾けたはずの笑顔には、目を合わせられなかった。
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