母乳の出る部長


 



 ボランティア部の部室は、校舎から離れたみすぼらしい部室小屋の一室である。今日は文化祭の出し物を決める会議をすると部長から連絡が来たので、久しぶりの部活動だ。


 ちなみに普段は、月に一回の清掃くらいしか活動がない。


 律儀に3回ノックして、木製のドアを開ける。


「こんにちはー」


 ボランティア部の面々は、もう全員揃っていた。

 夏菜子と部長の2人だけだが。

「あぜ君来ました!」

 とハイテンションな夏菜子と、

「……やー」

 逆にローテンションで気怠げな部長。

 部長は名前不詳(1年前は俺に副部長と呼ばせていた)、一個上の3年生で、だるそうなロリ顔のちょっと変わった人だ。いつも机にあごを乗せて、眠そうにしている。


 ちなみに夏菜子と部長は、犬猿の仲だったりする。もちろん性欲的な意味で、夏菜子は猿。部長は犬。


「あっ、その挨拶で思い出しました!部長先輩、噂されてましたよ!」


 夏菜子が身を乗り出す。


「……ほう」


 部長は顎を手に乗せ、真剣な表情でこたえる。出たよ、茶番。まあ地味にノリが良いのが部長の面白いところなんだけど。


「その『やー』って挨拶、芸人のながやまきんに君みたいでウケるって噂されてました!」

「夏菜子お前ほんと絶望的に空気読めないな」

「というわけで、やーです!部長先輩!」


 マッスルポーズを決めようとする夏菜子、の左腕とアホ毛を制止する俺。……合法的に夏菜子にボディタッチ出来ているのでちょっとおいしいが、喧嘩のきっかけを作るのはやめてほしい。


「……日野さんも母乳母乳言ってるから噂されてた。ボニュー特戦隊って」


 ほらまた喧嘩するー!


「やめてください部長!仲良くしましょ、ね?夏菜子、お前が言い出したんだから謝れ」

「……しかもボニュー特戦隊のくせに、メンバー2人しかいないって」

「あの、まさかとは思うんですけど俺も入ってます?」


 ギリリィ、と歯軋りを立てながら部長をムムムと睨む夏菜子。負けじと、じとーっと睨み返す部長。大体、俺が見かけた時の2人はこんな感じである。


「……畔上が、そうやってくっついてるからメンバーに入れられる」

「うわああやめます!」


 ボニュー特戦隊呼ばわりは勘弁してほしい。ささっと掴んでいた左腕とアホ毛を離した手で、パンパンと大きな音を鳴らす。「よーしキリがいい……いやよくないけど会議始めましょう、会議!部長!お願いします!」


「……文化祭の出し物ならもう日野さんが決めてくれた」

「あー……一応聞いてから却下します」


 待ってました!と言わんばかりの勢いで立ち上がり、右手をたわわな成層火山に添えて一言ーー


「今年の文化祭は、募乳喫s」

「却下」

「最後まで聞いてください!これは昨日話した募乳のアイデアと文化祭の王道である喫茶店をブレンドしたもので」

「ボニューが付いてる時点で却下だ!部長も何とか言ってやってくださいよ!」

「……よき」

「部長絶対決めるの面倒なだけだ!そういやあんたはそういう人だった!」


 まず先生たちの許可が下りないから!と熱意のあるツッコミを上回る熱意で、夏菜子はまくし立てる。


「リサイクルの精神も養えます!募乳した母乳を使うのですから。それに多種多様な人の母乳が集まれば、味も増えます。母乳のドリンクバーです」

「それっぽくボランティア部に繋げようとするな!」

「……母乳ドリンクバー。よき」

「何一つとしてよきじゃないんですよ部長!もうずっと夏菜子と喧嘩してもらってていいですか!?」

「でもボランティア部らしくありませんか?母乳はコストがかかりませんし」

「かかるわ!タダで母乳提供してくれる女性がこの世に何人いると思ってんだ!ゼロであってくれ!」

「……畔上、私たちに出せと?」

「言ってませんよ!その胸を隠して警戒するポーズやめろ2人して!」

「……ちなみに、母乳出たことある。4年前くらいに」

「「えぇ!?」」

 咄嗟に、身を引く俺と夏菜子。部長はなぜか平然とした表情でポリポリ頭をかいている。

「え、なんで部長、えっ、妊娠!?えっ……!?」

 と驚く俺をよそに夏菜子はわななく右手で部長の控えめな火山を指し、ペロッと唇を舐める。

「ぶ、部長先輩。試し飲みのコーナーってありますか?」

「あるわけねーだろ!」

「……ある」

「断れ!」

「……うそ。だってもう出ないから」


 どうやら部長とグーグルが言うには、ホルモンバランスの崩れとかで、母乳が出ることはあるらしい。俺も夏菜子も知らなかった。


 ……というか知らなくてよかった。


「私、頑張ります!女性ホルモンを増やす食生活とか、意識してみます!」

「……よき」

「適当に返事するのやめてください部長!夏菜子、偏った食生活は健康に悪いからほどほどにしろ!」

「あと、記事を読む限り、大事なことがもう一つあるそうです」

 おもむろに夏菜子は席を立つと、座っている俺の後ろにしゃがみ、こう言った。


「ときめきも大事、らしいです」

 

 何を、と思った時にはときめきが血を巡っていた。

 背中に、等間隔に二つ、柔らかい何かが当たって、途端に夏菜子の匂いに包まれる。「か、夏菜子!やめ……」と言いつつも体が思うように動かない、いや、動きたくない……。石鹸の香りと、長い髪の毛先のいくつかが、首をくすぐる。

 ーーそして、背中だけじゃない。

 額にも硬い感触が一つ。


 気づけば部長に、銃口を突きつけられていた。


「……動け」

「うわああやめます!やめます!」


 ババッと夏菜子から離れて隅で手を挙げる。銃を持って「動くな」ではなく「動け」と指示されたのは初めてなので果たしてこの行為が正しいかは分からない。……ていうか部長、なんでエアガン常備してんだ。


「……日野さん、この猿の言う通り、健康に悪いからやっぱりやめた方がいい」


 あなたは心臓に悪いから銃口を突きつけるのをやめた方がいい……。


 夏菜子は、「部長先輩、これは母乳作りの一環なんです、邪魔は困ります!」と怒っていた。そ、そうだよな、あくまで母乳作り、ははは……でも……最高だったな。


 いや待て俺!色欲に支配されるな!母乳(おっぱい)に流されては告白など夢のまた夢……!


 それから睨み合いと罵り合いを続ける2人をなんとかなだめて、結局、去年と同じ募金と、募金してくれた人に配る折り紙作品をつくるということで、文化祭の出し物についてはまとまった。





 

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