俺の幼なじみいわく「ビールと母乳は生が1番!」らしい。
サンド
ビールと母乳は生が一番
「あぜ君は母乳好きですか?」
幼なじみの夏菜子はハムスターのように昼食の堅パンにかじりつきながら、俺にそう尋ねた気がする。あぜ君というのは、畔上卓也という俺の名前の「畔」のことで、昔からそう呼ばれている。
聞き間違いかと思ったので、少し間をあけてから「ん?」と隣の夏菜子の瞳を覗く。青空みたいな瞳色。
「あぜ君は、母乳、好きですか?」
OK、どうやらこのバカ幼なじみは頭が狂ってしまったらしい。
ーー日野夏菜子。
一つ下の幼なじみで小中高と一緒の学校。勉強が出来ないわけではないが、バカだ。だが俺に明るく話しかけてくれる唯一の女子で、顔と笑顔がとにかく可愛い。
今日こいつと屋上で昼食を食べているのは、俺が意を決して告白をしようと思ったからなのだが……。
もうそんな気も失せた。
呆れた視線を飛ばされていることに気づきもせず、こちらをじっと見て返事を待っているらしい夏菜子。
まあ落ち着こう、まだ母乳がライクかどうか尋ねられているだけだ。
「いや、好きじゃないし興味もないが」
「私!母乳が飲みたいんです!」
ここがもし教室とかの公の場だったら、そのアホな口を塞いでこいつを窒息死させるところだった。危ない危ない。アホなのはそのぴょんとはねたアホ毛だけにしてほしい。
「わかってくれます?」
「わからんわ!」
第一、興味ないって言っただろ!と俺が叫ぶのも気にせず、「あれは昨晩のことでした……」と勝手に回想に入っていく。
「ビールを飲んで頬を染めたお父様に、そんなにビールとは美味しいものなんですか?と尋ねるとそれはそれはもうビールの素晴らしさを語ってくれました」
「お、おう」
「喉ごし、キレ、舌ざわり……次々とビールの魅力を語るお父様の話を、夢中で聞いてしまいました」
「今のところ全然母乳関係ないな」
「そしてお父様は空になったグラスをコンッと置いて、最後にこう言いました」
「やっぱビールと母乳は生が一番!」
「うん、今のところ全然母乳関係ないな!」
「それが関係あったんです」
「ねーよ!」
「父は言いました。母乳も同じこと。女性によって喉ごし、キレ、舌ざわり……多種多様な母乳があるんだ……それに……」
「それに?」
「母乳も生でいただくのが美味いし……そうお父様は続けました」
「娘になんてこと言ってんだ!」
そして夏菜子は自身のたわわな胸を両手でガシッと掴み、立ち上がる。
「私もお父様がそこまで絶賛する飲み物を飲みたいと思ったんです!」
「でも、ビールは未成年だから飲めない。でも母乳なら!母乳なら飲めることに気づきました!」
「いや飲めねーよッ」
「? ビールは20禁ですが、母乳は0歳からいけますよ」
「そういう問題じゃねー!」
ふー、ふー、つい俺も立ち上がって熱くツッコミを入れてしまった。
もう嫌だ、俺今から告ってくる!ってクラスメイトの前で宣言してここに来たのに、どんな顔でクラスに戻ればいいんだよ、母乳の話してたら告白の雰囲気じゃなくなったってか?そんなアホな話があるか根性なし!って言われそうだが、100%事実なのが逆に悲しい。
夏菜子はなおも自分の胸を揉みしだきながら言う。
「一口。一口だけでいいのに」
「麻薬中毒者みたいだな。あとその揉む仕草やめてくんね?視線に困るだろ」
「だって私、ビールすら一口も飲んだことありません」
「え、まじで?」
ビールを一口だけ味見させるのは、大抵の親がやる行為だと思ってたが……。
「あぜ君はビール飲んだことありますか?」
「ま、まあ親父のを一口貰ったことはあるが……」
「じゃあ母乳も一口くらいいいと思います!」
「ビールと母乳を同列に扱うのやめろ!その握り拳で上手いこと言った感出すのもやめろ!」
しかし、そのドヤ顔は可愛い……。だがこの世には可愛いだけでは許されないことがあるのだ。こいつの言動を見てそう思う。
「うーん、そんなにおかしいことなんですか?ただの食欲なのに」
「お前のそれは性欲だよ」
俺、なんでこんなやつが好きなんだろうな……。
「もうこうなったら……妊娠するしか……」
「いやいや!!待て!!早まるな!!てか、おま、かれ、彼氏とかいんの?」
「いません……」
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、俺の胸に夏菜子の頭がドンと突撃してくる。
「ちょ、か、夏菜子?」
夏菜子の匂いが鼻腔をくすぐる。ヤバイ、心臓の音を聞かれそう!と思って、夏菜子を引き剥がす。夏菜子は物憂げな目をしている。
え、これ、もしかして母乳が飲みたいから、こここ子作りしようとかそういう……
「……あぜ君におっぱいがあったらよかったのですが」
「……は?」
「そしたらあぜ君を適当な男に妊娠させて」
「っざけんなー!!!!!!!!!」
どうやら俺の幼なじみは、頭どころか倫理観までもおかしいらしい。
ちなみにこの後、昼休みギリギリまで説教を続け、クラスメイトに「どうだった?」とニヤニヤされるまで告白しようとした件について、すっかり忘れていた。
俺が夏菜子に想いを伝えるのは、ずいぶん先の話になりそうだ。
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