第8話 進化物

 イノシシ討伐の為、洞窟に入ろうとした3人の前に、突如として、現れたのは、獰猛な熊の進化物だった。


 いきなりの、進化物の出現に、リファとニーニャは、慌てふためいた。


「ヤバイ! 何でこんな所に進化物がいるんだ」


 リファの、声の慌てふためき様に、進化物がいかに危険な存在か、直ぐに理解した。


「リファ、逃げなきゃ!」


 ニーニャが、そう言った時、龍が2人の一歩前に出た。


「2人とも、大丈夫だ、ここは俺に任せてくれ!」


 龍は、何かの、スイッチが入ったのか、言葉使いがいきなり変わった。


「テメーこの野郎、俺を誰だと思ってんだ」


「観音會3代目総長、大和田 龍だぞ!!」


 無論だか、進化物に、人の言葉など通じない。


「聞いてんのかテメー、あんまナメてっと、ブチ殺すぞ!」


 龍のその変わり様に、リファと、ニーニャは、言葉すら、出なかった。


 次の瞬間、進化物の熊は、両手を上げると、龍に向かってその手を振り下ろした。


「逃げて、龍君!」


 ニーニャが、必死の声で龍に向かって言ったが、進化物の攻撃は、龍に完全に当たっていた。


「「嫌ーーーーーー」」


 その悲痛な叫びに、龍は、後ろ振り向いた。


「ニーニャ、どうしたの」


 今の攻撃で、龍が死んでしまったと、誤解したニーニャは、龍のその言葉に、思考回路が停止していた。


 どうやら龍は、その桁外れの強さからか、進化物程度の攻撃では、全くダメージを負わなかった。


 その間も、進化物は、龍に攻撃を続けるが、龍には、びくともしなかった。


「そろそろ、鬱陶しいし、終わらさせるか」


 龍は、そう言うと、進化物の熊目掛けて、拳を軽く振り抜いた。


「バッコーン!」


 まるで、爆発音の様な音がすると、進化物の熊は、洞窟の奥まで吹っ飛んだ。


「あれ、やり過ぎたかな」


 それ見た、リファは、龍の肩に手を置くと一言言った。


「不合格」


 どうやら、イノシシから、進化物に、変わったが一応龍への課題は、続いていた様だ。


「龍、あれが手加減なら、人間相手だと爆散しちゃうぞ」


 その、リファの言葉に、ニーニャもそう思ったのか、苦笑いした。


「次は、頑張ります……」


 龍が少し反省したところで、洞窟に飛んでいった、進化物を確認する為、洞窟内に、入った。


 すると、洞窟の中は、イノシシの死体で、いっぱいだった。


「進化物が、食い尽くした後だな」


 リファの言う通り、イノシシの死体には、食べた様な噛み跡が無数にあったのだ。


 暫く歩くと、洞窟の1番奥に、進化物が横たわっていた。


「まだ生きてるかな」


 ニーニャが、そう言うと、リファが答えた。


「死んでるよ!」


 リファが、進化物を指差すと、進化物の腹には、大きな穴が空いていた。


「な、言った通りだろ、人だったら爆散してたぞ!」


 その、進化物の状態に、返す言葉も無かった。


 すると、ここで龍がリファに質問した。


「そう言えば、リファって王宮魔族隊隊長だったんでしょ」


「そうだが、それがどうした」


「いや、ここに来る時、進化物は、王宮が対応するって言ってたから、リファなら、これぐらい1人でも倒せるのかなって」


 リファが、眉間にシワを寄せながら言った。


「お前と一緒にするな!」


「王宮で退治する時は、少なくても10人は必要だし、1人で倒せるのなんか、お前と王宮騎士団長のグランデ様ぐらいだろ!」


「そもそも、王宮魔族隊は、王宮兵士や騎士団の支援部隊で、攻撃特化では、無いんだよ!」


 そう説明して、くれたがリファは、そんな事よりも大事な事を話し始める。


「龍、ハッキリ言うと、コレまずいんだよ!」


 龍は、そのリファの真剣な顔つきに、静かに話を聞いた。


「私達の、依頼は、イノシシ退治だろ」 


「で、そのイノシシは、進化物に食べられていた」


「ここまでは、別に問題無いんだよ」


 リファは、話を続ける。


「それを、ギルドに、戻って報告すれば、後は、王宮が何とかするんだよ」


「でも、龍が進化物を倒してしまった」  


「それを、ギルドに報告すると、どうなると思う」


 龍は、何となく話が見えてきた。


「王宮へ報告されるって事か……」


「その通り」


 ニーニャが提案する。


「じゃあ、偽装するのはどうかな」


「私達は、イノシシを討伐して、進化物は、いなかったとか……」


 リファは、即答で否定する。


「ダメだよ、ニーニャも分かってるだろ、報告には、証拠品が必要だろ、肉や皮とかの」


 さらに、ニーニャが提案する。


「イノシシ討伐をしに洞窟まで来たけど、既に居なかったとかは、どうかな」


 コレまた、リファは、即答で否定した。


「それも無理、一匹や二匹じゃ無いんだ、討伐数は、100匹だぞ!」


「そんな群れのイノシシが、移動したら必ず、足跡が残るだろ」


「それを追えば良いだけで、依頼を達成出来なかった理由には、ならないだろ」


 その、的確なリファの考えに、ニーニャは、言葉に詰まった。


 すると、龍が真面目な表情で話し始めた。


「隠さなくて、良いんじゃ無いかなぁ」


 その本末転倒な、言葉に、リファは、声を荒げた。


「何を言っているんだ!」


「龍の存在が、王国に知られればキミは、強制的に、王宮入りだぞ!」


「ニーニャは、どうするんだ! 置いて行くのか、捨てて行くのか、そんな事、私が許さない」 


「例え、龍が最強の存在でも、私は、キミを倒すよ」


 その、唐突なリファの感情の高ぶりに、龍は、驚いたが、冷静に、話をした。


「落ち着け、リファ」 


「ニーニャを置いて行くなんて事、する訳ないだろ」


「俺が、言いたいのは、ギルドに、報告した所でギルマスのバルクさんが、上手く誤魔化してくれると思うんだ!」


「だから、変な考察をするより、ありのままを、報告した方がまだ良いと思う!」


 その龍の、考えに、ニーニャも賛同すると、リファも落ち着きを取り戻し、町に戻る事にした。


「ちょと待って、この進化物、証拠品で持ってくから」


 リファが、空間魔法、ポケットに証拠品の進化物を入れ終わると、龍のテレポートで、町に戻った。


 町に戻ると、直ぐに、ギルマスの、バルクさんの所に、向かった。


 受付のロズンダさんに、話しをし、バルクさんの部屋に案内してもらい、バルクさんに、依頼の事を話した。


「何、進化物を、倒しただと!」


 その、内容に、声を荒げながら、そう言ったバルクさんは、直ぐに冷静になると、話を続けた。


「起きた事は、仕方がない」


「だか、この事を、隠すのは、かなり難しいな」


「因みに、証拠品は、あるのか」 


 バルクの、質問にリファが、空間魔法、ポケットの中をバルクに見せた。


「最悪だ……」


 バルクは、進化物の、遺体を見ると、頭を抱えた。


「寄りに寄ってコイツとはな……」


 その、バルクの様子をただ事では、無いと思った、龍は、バルクに、どう言う事なのか聞いた。


「いいか、龍が倒したのは、今王宮が躍起になって探していた、進化物の熊でな」


「家畜を襲ったり、人を襲ったりして、死人も出てたんだ」


「王宮兵士が、一回見つけたが、その強さから、出向いた兵士は、ほぼ全滅」


「だから、王宮は、騎士団まで出して探して居たのだよ!」


 馬鹿な龍にも、大体どうなるかは、予想がついた。


「バルクさん、つまりは、絶対に王宮に、報告しなきゃいけない案件なんですね」


「そう言う事だ」


「私の、力でもこの案件を、隠すのは難しい……」


 龍は、バルクさんに、これ以上、迷惑を掛けたくないので王宮に、自分の事を隠さず話してくれと、言ったのだ。  


「龍……済まない」


「大丈夫です、バルクさん」


「もし、王宮が俺を取り入ろうとしても、出来る限り交渉しようと思います」


「それに、自分の力を隠すのも、正直難しいと思いました」


「なので、力を隠さずに、王国の敵じゃ無いと証明するには、王宮と、の話合いが必要不可欠だと思うのです!」


 バルクは、龍のその考えを聞いた後、静かに口を開いた。


「分かった、龍の言う通り、王宮に報告させてもらう!」


「だが、なるべく時間を稼ぐから、その間に、王宮との交渉の、準備をしておけ」


 バルクの、言葉に頷くと、部屋を後にした。


 バルクの、部屋を出た瞬間、リファが龍に掴み掛かった。


「龍、さっき言った事は、嘘だったのか!」


「ニーニャを傷つけないって言ったよな」 


 リファの興奮は、収まらず、龍に向かって拳を振り上げた瞬間、ニーニャが、その手を止めた。


「リファ辞めて!」


 ニーニャは、リファを落ち着かせると、自分の考えを話始めた。


「リファ、私は、龍君が何の考えも無しに、あんな事言ったとは、思ってないの!」


「龍君は、いつでも私の事を1番に、考えてくれてるの」


 ニーニャは、龍の顔を見ると、話を続けた。


「それに、バルクさんが、なるべく時間を稼ぐで言ったじゃない」


「それって、時間を稼いでる間に、王宮に提示する条件を上手く考えておけって、事でしょう!」


「だからね、3人で考えよう!」


 ニーニャの、龍に対する信頼感は、既に友達の、それとは違った。


「ニーニャ、ありがとう!」


「リファ、ごめん、もうちょといい解決策があったかも知れないけど、これが、今俺の思い付く最善の策だと思ったんだ!」


「だから、2人とも、頼む俺に力を貸してくれ!」


 龍は、2人に向かって、深々と頭を下げた。


 前世界では、人に頭を下げるなど絶対に出来なかった龍にとってそれは、小さいながらも大きな成長であった。


 今日は、もう遅いので、明日話し合いをする事に決めると、リファと別れて、家に帰る事にした――その帰り道。


「ニーニャ、ごめん……」


「勝手に色々決めちゃって……」


「大丈夫だよ、龍君」


 ニーニャの、その優しさが、心に痛いほど響く。


「ニーニャ、これだけは、絶対に約束する」


「俺は、ニーニャの前から消えたりはしない、ニーニャを傷つける事は、絶対にしない……」


 少し間を置いた後、話を続ける。


「そして、俺は、何があろうとニーニャ、君を守る!」


 龍は、あまりにも古臭い言葉に、自分で言いながら恥ずかしくなった。


 ニーニャは、それを聞くて、照れ臭さを隠しながらも、その顔は、薄い赤色に、変わっていた。


 ニーニャは、龍の手を取って引っ張ると、まるで、町の光がニーニャに集まっているかの様な、光輝いた顔で、龍に、言った。


「帰ろ!」


 そう言って手を繋ぎながら歩き始めた瞬間、ニーニャは、静かに、呟いた。


「「守ってくれるか――――期待してるよ」」


 その言葉が、聞こえたか、そうでないかは、分からないが龍は、ニーニャの顔を見ると、ニコッと笑った。


 それは、ニーニャとって一生、記憶に残りそうな、優しさと、想いに溢れた、素敵な笑顔だった。

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