第42話 勇者と魔王

「———これは、何があったの?」


 信じられない光景が広がっていた。


 私は勇者シトナとして前線で戦うことが多かったから魔王軍の恐ろしさを知っている。


 奴らの恐ろしさは死を恐れないことと圧倒的な数だ。


 いくら手傷を負っていても暴れ続ける。それが一体ならいいが、数万の軍勢がその状態だ。


 しかし、眼前に広がるのはそんな奴らの無残な姿だけだ。


 魔王の城とこちら側を隔てる大地の裂け目。そこにかかる橋を守るための砦が破壊されており、そこにいたと思われる魔獣の死体がいくつか転がっている。


 地面には綺麗にえぐられたような跡が一直線に伸びている。


 私の全魔力を解放した攻撃を使った時も似たような跡が残るが、これは規模が違う。


 この砦には数万の軍勢がいたはずなのに、死体が少ない。


 つまり攻撃で跡形もなく消し飛ばしたのだろう。


「シーちゃん……向こう側もすごいことになってる……」


 私たちの中で最も目が良いヴィヴィが、呆気にとられたように言う。


「砦の向こう側はどうなってるの?」


「すっごく大きな化け物と、その周りにぽつぽつ魔獣がいるくらい……後は城の門が壊れてる」


 思わず視線を向けてしまう。


 砦の向こう側は魔王の領土。そして、そこにある城は魔王の居城ただ一つ。


 前線の軍が異変を感じたと報告してくれたのが、昨日。


 そして、彼がここを通り過ぎたのがおそらく昨日の早朝か、一昨日の深夜。


「……シェローバ騎士団長殿」


「は!何でしょうか勇者様」


「全軍に攻撃命令を。敵はこれまでにないほどに疲弊しています。この機を逃さず———魔王を討ちます」


 全軍を指揮する騎士団長は驚愕に目を見開いたがすぐに礼をすると、部下に指示を出し始めた。


「シーちゃん、私たち勇者の仲間はどうすればいい?」


「魔王とは私が戦うから援護をお願い」


「りょーかい。……絶対に死なないでね」


 弓の力で大人の身体に戻っているヴィヴィが頭にぽんぽんと優しく叩く。


「うん、大丈夫だよ」


 そう答えると、ヴィヴィは仲間たちと一緒に必要なものを取りに馬車へと向かっていく。


「ミレイナさんは私たちと一緒に来て、援護の魔法をお願い」


「……わかりました」


 ミレイナは僅かに赤く腫れている目に強い意志の光をともして頷いた。


 目が覚めた後、彼女が泣きながら私を訪ねてきて、事情を話した。


 師の裏切りから立ち直り、彼と選んだこと。彼が師と戦い、二人ともいまだに戻ってこないこと。


 前線から異変の知らせを聞いたのはその話のすぐ後だった。


 動ける人を集めてエルフの里から出立し、ここまできた。


 ミレイナにはグリーレの代わりの魔術師として仲間に入ってもらった。


 彼女の実力は聞いたし、私の仲間であった方が二人を探しやすいだろうと思ったからだ。


 この現状ではっきりと確信した。


 この事態には必ずあの二人が絡んでいると。


 師の方は隠している力があった。彼はまだ未熟ではあるけれど輝くものを持っていた。



 ———私ももう少し話してみたいから。










「縛り上げろッ!」


 ミレイナの言葉に反応して虚空からいくつもの鎖が現れ、怪物の動きを止める。

 そこに向かって光り輝く矢が雨のように飛来する。


「シーちゃん!」


「任せて」


 怪物との距離を駆け抜け、鎧の隙間から見える気色悪い色の肉に刃を突き立てる。


「極光解放!」


 光に変換された魔力を剣から放出する。


 僅かな抵抗もなく怪物の身体のど真ん中に穴が穿たれた。


 進軍を開始し、砦はなんの抵抗も受けずに通り抜けることができたが、魔王の城へはそうはいかなかった。


 平原には魔獣が何体も配置されており、一番厄介な得物を勇者とその仲間で受け持った。


 怪物は鎧を着た騎士のような風貌でありながら身体が肥大化し、鎧で覆えていない部分からは肉がはみ出ている。


 その胸に風穴を開けたがまた動き出そうと手足を動かしている。


「シーちゃん!ここは私たちに任せて力を温存して!」


 ヴィヴィが連続で矢を放ちながら言う。


「相手は魔王なんだからここで消耗してる場合じゃないよ!」


「わかった!でも危なそうだったらすぐに戦うからね!」


 少しだけ後ろに下がり、水筒の水を飲む。


 違和感があった。前線で戦っていても感じていた魔王の圧倒的な気配が、城の前だというのに全く感じない。


 いや、微かに気配を感じるがあまりに薄く今にも消えてなくなりそうだ。


「……もしかして」


 一つの考えが浮かぶ。そんなまさかとは思うが、どこか納得できる。


 確かめに行くしかない。


「ミレイナさん、限界強化をお願い。私は魔王を討ちにいきます」


「そんな……無茶です!一人でなんて!」


「大丈夫。うまく言えないんだけどね、私だけで行った方がいい気がするの」


「シーちゃん、それはいつもの勘?」


 ヴィヴィが会話に割り込んで、こちらをじっと見てきた。


「うん、そうだよ」


「……そっか、なら行ってきなよ」


 少しだけ悲しそうにしながらまた矢を放ち始める。


「ヴィヴィさんがそういうなら……」


 止めようかまだ迷っているようだったが術を掛けてくれる。

 全身に力がみなぎる。


「ありがとう、ミレイナさん」


 礼を言ってその場を後にする。気配は上の方、城の中央の塔だ。


 門を越え、長い階段を駆け上る。


 そして、最上階に着いた瞬間、暗い色の空が見えた。


 天井の部分が崩れて空が見える。


 登りきると、周囲の壁もほとんど瓦礫のようなもので穴だらけだ。


 階段側から見て奥側、瓦礫の上に腰を下ろす人物がいた。


 ゆっくりとその人物の方へ近づく。


 青白い肌から血が流れ、やけどの跡がある。金属質な角は二本生えていたようだが、一本は半ばから折れている。


 左腕は肘から先が消失。右方から脇腹までえぐり取られたように消えている。


 半分以上死んでいる状態だ。いくら絶対の強者であっても数日持ちこたえるのが精一杯のはずだ。


「ようやく来たか、勇者」


「ええ、貴方にとどめを刺しにね、魔王」


 近づいて初めて気が付いた。今なお、魔王の身体は崩壊し続けている。


 魔王の傷口を何らかの力が焼き続けているが、それを大量の魔力で押しとどめることで、形を保っている。


「……あなたをそこまで追い詰めた人はどこにいるの?」


「エルフの剣士……いや、貴様が探しているのは弟子だった方か。我を貫きそのまま銀の流星となってどこかへ消えた。あの傷では助からないだろうがな」


「……」


 床には大量の血液が飛び散っていた。魔王のものではない。


 痛いほどの輝きを伴った力の残滓が残っていた。直感的に誰かの命の輝きだと悟った。


 鞘から剣を抜き、構える。


 知りたいことは嫌というほどわかってしまった。後は勇者としての責務を果たさなければ。


「そう簡単には貴様の本懐は遂げさせん!」


 魔王の魔力が突如膨れ上がった。どこからか、魔力を集めている。


 何か術が発動するのかと身構える。


 しかし、そんな気配はなかった。そして魔王のやろうとしていることに気が付いた。


「……まさか自爆する気なの!?」


「最後の悪足掻きだ。この我はもう復活することは出来ないが……勇者、貴様も道ずれだ」


 更に魔力が高まり、その量に耐えられなくなった魔王の身体のあちこちに亀裂が走る。


 これは爆発させればこの城はもちろん、城の近くで戦っている仲間たちも危ない。


「いいえ、消えるのは貴方だけです……我が身に六つ目の力を刻め!デッドエンドカウント!」


 何かを失った感覚と同時に魔力が漲る。


 それを全て剣へと注ぎ込み、光の魔力へと変化する。


「一緒にこい。我を消滅させるために生まれた者よ」


 臨界点まで魔力を高め、太陽のように剣が光輝く。


「———極光解放ッ!」


 今まさに全身から破壊の魔力を溢れ出させ始めた魔王を純然たる光の奔流が飲み込む。


 弾けた魔王最後の足掻きが光を引き裂き、破壊をもたらそうとする。


 更に出力を上げてそれを抑え込む。


 強大な魔力のぶつかり合いで、暴風が吹き荒れ、衝撃で城が激しく揺れる。


 やがて拮抗はくずれ、溢れ出そうとしていた紫紺の魔力が光に飲まれていく。


 光が収まると魔王の姿は跡形もなく消えていた。


 残ったのは激闘の痕跡だけだった。


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