第41話 エルフの剣士の師弟と魔王
崩れた扉の奥には黒い太陽が見えた―――気がした。
今いる広間は扉で半分に区切られていたようだ。
こちら側は何もない広間だったが、向こう側は違う。
壁に掛けられた紫紺の炎が怪しげに揺れ、奥にある王座を照らしている。
濡れたような艶のある黒曜石に、黄金の装飾が施されている。その王座自体に何らかの魔力が込められているように見える。
そして、王座に座る人物。
深い海のように蒼い肌、銀の髪に覆われた頭から同色の金属質な角が二本生えている。
影より暗い黒衣に身を包んでおり、頬杖を突きながらこちらへと視線を向けていた。
その瞳は黄金の光を灯しながらも、どこまでも底が無いような虚無も同時内包している。
視線を合わせただけで自分が吸い込まれそうな気がしてくる。
恐ろしかった。
まだ視線を合わせただけなのに、姿を見ただけなのに、気張っていないと膝が震えだしそうだ。
空に昇る太陽のような圧倒的すぎる存在感。
奴が動いた瞬間に俺は消されるとさえ思う。
どうにか飲まれずにいるだけで精一杯になって、その場から動けないでいると魔王が言葉を発した。
「どうかしたか、エルフの剣士に育てられた者よ。いや、今はお前がエルフの剣士か。……そんなところで怯えずにこちらへ来い」
言葉を掛けられた途端に、一歩前へと進んでいた。
そこで初めて俺の全身に纏わりつく呪いの存在に気が付いた。
魔王の言葉に従って全身を縛り、動かそうとする。
全身に力を流し込む。出し惜しみをしている場合ではない。
剣が銀色の光を放ち、その光が呪いを切り刻み破壊してした。
「俺は!自分の意志で進む!お前を倒すために!」
声を張り上げ前へと進む。
「いいぞ、それでこそ我が同胞を使う者だ」
魔王は攻撃するわけでもなく、薄い微笑を浮かべながら俺を見ていた。
例え破滅の極光を浴びせられても自分は消滅しないと思っているのだろう。
俺は崩れた扉を越えたところで剣を振りかぶる。
「
温存していた力を剣に流し込む。この一撃で終わらせる。
体中の骨がミシミシと軋み、細い血管がいくつも千切れる音がした。
「———
視界が白く塗りつぶされるほどの光が広間を満たす。
圧倒的な熱が俺自身を焼く。剣を握っているはずの両手の感覚が鈍い痛みと共に失われていく。
あらゆるものを焼きつくす極光が一直線に魔王へと襲い掛かる。
それでも魔王は動かずに、ずっと酷薄に口の端を吊り上げている。
光に飲まれる瞬間も一切、表情を動かすことはなかった。
背筋に冷たいものが走った。今なら勇者でさえ耐えることは出来ないと確信を持って言える。
それなのに奴はずっと嗤っていた。
この攻撃に耐えられるということなのか。
「うおぉぉぉぉぉ!」
頭をよぎった疑念を振り払うべく、さらに魔力を込めた。
すでに限界を超えているからか、全身を貫かれるような激痛に襲われる。
左腕の損傷も既に全身に広がっているだろう。
光が収まっていく。
極光が放たれたのは一瞬だったが体感ではずっと長く感じた。
全身が鉛のように重たい。瞼を開けていることさえ億劫に感じるが、まだ閉じるわけにはいかない。
奴が消え去ったことをこの目で確かめるまでは終われない。
ぼやけた視界が段々とクリアになっていく。
それと同時に色も戻ってきた。
正常に戻った視界でまず見えたものは巨大な穴だ。
極光によって王座の裏側の壁が綺麗になくなり、暗い色の空が地平線まで続いている。
「う、そ、だろ……」
「真実だ、エルフの剣士」
王座自体には傷一つないように見える。床の石材はえぐり取られているが王座の周辺だけは無事だ。
魔王は左腕の肘から先がなくなっているが、大きな傷はそこだけだ。
他は衣服であっても傷一つ無いように見える。
「復活するために力を蓄えていなかったら、腕一本では済まなかったであろう」
全身全霊。俺のすべてを使い切る一撃だったのは間違いない。
それで与えられたの傷が腕一本だけ。
ふっと足から力が抜けた。立っていられずにその場に膝をつく。神装再臨で変化していた剣が光へと解け、元の愛剣の姿へと戻る。
奴を倒すことは不可能なのか。
これ以上の攻撃手段が俺にはない。
極光が効かなかったという事実が、絶望となって心に沁み込んでいく。
冷気が身体に纏わりつく。
鋭利な痛みが常に訴えかけてくるのに、意識が消えそうなる。
全てを出し切ると決めて力を使ったからだ。
「これで貴様の力は我のものだ。その力を奪い、貴様らを滅ぼす」
「奪う……だと……」
「そうだ。その力は本来なら我には使えない。そのためのカタチを持たないからだ。しかし、貴様ら人間は我を倒すために力に形を与えてしまった。お前たちは自らの手で我に力を与えたのだ!」
哄笑が頭に響く。どうにか意識を保っているが、あと少しのことだろう。
「だが、誤算もあった。お前たちエルフの剣士だ。お前たちはカタチを与えた力を縛って己のものとした。何重にも施された拘束、それを解除できるのは力が選んだ資格を持つ使い手のみ。お前の師は拘束からあふれる上澄みしか使えなかったが……お前はほぼ全ての拘束を解いているようだな」
師匠も俺も魔王の目論見通りに動いてしまったのか。
魔王と同種の世界を滅ぼす力。そんなものが魔王の手に落ちれば、誰も敵わなくなってしまう。
それだけは阻止しなくてはいけない。
———もう一度だけ、剣を振るえ!
自分に喝を入れて立ち上がろうとする。
「その力をそこまで引き出し、人間でありながら我の左腕を消し飛ばしたのだ。報酬を与えよう」
魔王は王座から立ち上がりこちらに数歩近づいた。
ごごごと城全体を揺らすような地響きが真下から響いてくる。
俺は立ち上がろうと四肢に力を籠めるが、うまく動けない。感覚が希薄で足が地面についているのか、目で見ないと定かではない。
「遍く全ては我が手中に……」
魔王の言葉に呼応して地響きが下から近づいてくる。
逃げようとしても手足が言うことを聞かない。
「
床から上に向かって魔力が一気に放出された。
がつんと殴られた衝撃が全身を打ち据えたかと思うと、宙に浮いていた。
下からの魔力の放出で打ち上げられたと気が付くと同時に、天井に背中を強かに打ち付けていた。
肺の中の空気が押し出され変な音が出る。
天井に身体を押し付けられ埋まる。それでも魔力の放出は終わらずに体中の骨が悲鳴を上げる。
「我が力の一端を見れたのだ。光栄に思え」
随分と自分勝手な報酬だと、言ってやりたいがそんな余裕もない。
既に身体の殆どの感覚がなくなっている。今もこうして生きているのが不思議なくらいだ。
「……ッ!」
音のない絶叫をしながら右手の剣でこの魔力を斬るべく、剣を振るう。
盛大な破砕音が聞こえた。愛剣が半ばから折れた。
しかし、それでも剣は魔力の放出を斬り霧散させた。
「ほう、これを斬るか……」
魔王の呟きが聞こえてたが、俺の意識は体内にある奥義へと向いていた。
俺の何を犠牲にしてもいい。魔王を斬るための力を———
今の斬撃で自分の命を使い果たした感覚があった。証拠にどうにか剣だけは握っているものの感覚がなくなっている。
目を瞑った瞬間に俺は死ぬとわかる。
死に間際だからか、やけに時間がゆっくりと感じる。
力をくれと、何度も呼びかけるが奥義が反応する様子はない。
———駄目なのか
意識が遠くなって、世界が急速に離れていく。
暗い帳が意識を覆う。
「———、——————」
懐かしい誰かの声が聞こえた。
閃光のごとく意識が覚醒する。
帳は取り払われ、世界が戻ってくる。
それと同時に言葉を紡いだ。
「神威解放———」
どくんと心臓が一度大きく脈打つ。
全身へ温かい血液と共に奥義の力がめぐりだす。
俺の自身が炎となるような感覚と共に力が湧いてくる。折れていた愛剣が光に包まれ、銀の長剣へと姿を変える。
感覚的に理解した。この力は俺自身を燃やすことで得た力だ。
時間の猶予は先ほどまでとは比べられないくらい短いだろう。
しかし、やることは変わらない。一撃に全てを込めて終わらせる。それだけだ。
落下中に魔王と視線がぶつかった。その顔には驚愕とも歓喜とも見える表情が浮かんでいる。
「素晴らしい!その状態でそれ程の力があったとは、思いもしなかった。それこそが真の———」
着地と同時に床を蹴った。
「———
一気に魔王との距離を詰め、突きを放つ。
俺が剣と一体化したかのような感覚。光の帯を引きながら剣尖を魔王に向けて突き出す。
魔王が右の掌をこちらへ向け、魔力を放出する。
銀色の切っ先と魔王の魔力が激突し、周囲に衝撃をまき散らす。
術ではなくただ魔力を打ち出すだけで、極光よりも強力な剣と拮抗した。
しかし、徐々にだが俺の剣が魔力を切り裂いて前へと進む。
「老人のような白髪に、溢れる魔力……魂を燃やしているのか」
更に一歩、魔力を引き裂き前へと進む。
———あと少し。
そこで手ごたえが明らかに変化した。
魔王の放つ魔力が増え、進み続けていた切っ先を阻んだ。
「浸食した土地の魔力だ。勇者以外にこれを使うことになるとは思わなかったが……
お前一人の魂でこれを斬ることは不可能だ。———消えろ」
じりじりと剣が押し返され始めた。
どれほど力を込めようとも、剣を前へと突き出せない。
———あと少しなのに届かないのか!
もうじき魂が燃え尽きると感覚で理解できる。
それなのに剣を届かせられない。
身体ごと後ろへと押し返されそうになる。
先程以上の魔力放出にこれ以上耐えられそうにない。
いや、それでも、ここで投げ出すことは出来ない。託されたものを捨てるなんて許されない。
どうせ燃え尽きて消滅するのならば、もっと一瞬で燃やし尽くす。
一瞬でもあれば十分だ。
視界が白く塗りつぶされる。その中に見えるのは魔王の姿だけだ。
「うおぉぉぉぉぉぉぉッ!」
押し返された分、歩を進めた。
更に前へ、前へと。痛みも感覚も、消え去るという恐怖さえ、置き去りにして進む。
「勇者でもない、ただの人間がまだ抗うのか……!」
先程とは比べられない魔力放出が襲う。
それでも剣が止まることはない。
「貫けえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
今あるもの全てを込めた。
俺自身が一条の光となって魔王の魔力を引き裂き、銀色の剣がついに魔王を捉える。
———流石は僕の弟子だ
師匠が誇らしげに笑っている姿を幻視した。
俺の意識はそこで途絶えた。
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