第40話 剣士
広間はかなり広かった。ここだけでこの階の半分くらいを使っていそうだ。
黒い石壁にはいくつもランタンが掛けてあり、窓がなくても十分な明るい。
細かい刺繍が施された赤い絨毯が広間全体に引かれている。
登ってきた階段から見て最奥に高さが4メートルくらいありそうな黒い扉が閉まっている。
扉の表面には紫色に明滅する文字がびっしりと書かれているが俺の知っている言葉ではないので読めない。
そして、扉を背にして黒い騎士が立っている。
剣を床に突き立て仁王立ちしている姿からは、この先へは絶対に通さないという強い意志が伝わってくる。
広間を歩いて、扉へ向かった無造作に進む。
「…動くな。そこから一歩でも前へ進めば斬り捨てる」
騎士が警告を発する。
くぐもった声で性別さえはっきりしない。
しかし、纏う雰囲気は確実に強者のそれだ。
普段なら慎重に行動するが今は時間がない。
「———押し通る!」
間合いに入った瞬間、目にも留まらぬ斬撃を浴びせられる。
相手の剣の方が速い。
咄嗟に振るっていた剣の軌道を変えて防ぐ。
激しい火花が散ったかと、思った時には二撃目が迫ってくる。
それは剣で受け止め、鍔迫り合いに移行する。
金属同士がぶつかりあう音が耳朶を叩く。
顔には出さないようにしていたが、俺は心の中で驚愕に見舞われていた。
俺は鍔迫り合いではなく、膂力で押し切る気だったが相手も同じくらいの力で拮抗させてきた。
それに間合いに入った瞬間の一撃もほとんど視認できない速度だった。
神装再臨で師匠並みにあらゆる能力が強化されているのに。
不意に支えがなくなった。
黒騎士が力を緩めたのだと、気づいた時には前のめりになっていた。
無理やりにでもここで押し切るしかない。
更に刃を押し込もうとしたが、黒騎士は後ろに倒れるようにしながら蹴りを放ってきた。
「くッ……!」
身体を限界までのけぞらせて躱す。おかげで蹴りは顎先を掠めるにとどまった。
黒騎士は一回転して着地すると同時にまた斬りかかってくる。
上段から振り下ろされた斬撃を掲げた剣の腹で滑らせる。
僅かにできた隙に、後ろへと飛んで態勢を立て直す。
冷たい汗が背筋を流れていく。
斬撃の冴えも、動きの滑らかさも師匠に迫るものがある。
神装再臨で一気に蹴散らしてきたことで自分の中に僅かな慢心があったようだ。
頭を切り替える。
相手は格上。超上の力を使っているからこそ対等に戦える相手だ。
「ハアァ……ッ!」
距離を一気に食いつぶし、一息の間に三度斬りつける。
黒騎士は慌てることなく、斬撃を防いだ。
フェイントや体術を織り交ぜながら攻め続けるが、身体を掠めることはあれが捉えられない。時折、挟まれる反撃を防ぎながらこの状況を打開する方法を考える。
破滅の極光を使うか考えたがすぐに否定する。
あれは魔王を倒すまで温存しなくてはいけない。
ならばどうすればいいか。
今以上に身体を強化することは出来るが、魔王と戦う前に動けなくなりそうだ。
刻一刻と猶予がなくなっていく。
雷に打たれたように一つのアイデアを思い付いた。
師匠もこういう使い方はしていなかった気がする。だから、練習もなしに今ここで実現させなくてはいけないが、この状況を打破できる可能性があるならやる価値はある。
「セリャァァァァッ!」
強めの斬撃をぶつけ、互いに僅かに後ろへと下がる。
剣を左腰に構え、姿勢を低めにする。
先程下がった分、強く一歩前へと踏み込む。黒騎士も同時に踏み込んできた。
俺の方が剣を振るい始めるのは速かった。
身体をねじるようにして、全身を使って水平斬りを放つ。
黒騎士は剣で受けようとしている。このままの速度では防御され、隙ができる。
振るった剣の相手側へと向かない刃へ集中させる。破滅の極光を放つときの感覚を思い返す。
加減し制御して力を流し込み、一気に放出させる。
剣の刃から光が弾けた、と認識したときには加速し、敵が防御するよりも早く肉体へと刃が食い込んでいる。
「オ、オォォォォォォッ!」
全力で振りぬくと、ほとんど真っ黒な液体が飛び散った。
騎士の胸を横一文字で切り裂いている。
初めていい一撃が入った。
俺は剣の威力に逆らわずに一回転しながら今度は右肩から左わき腹までを斬る。
そして、手首を返してもう一度、威力を絞り切った極光を放ち剣を加速させ、二撃目の軌道をなぞるようにして斬りつける。
騎士は数歩よろけて後ろへと引き、剣を杖のように地面へ突き立てる。
最後のは確実に致命傷だったはずだ。
その証拠に黒騎士は立っているのもやっとといった様子。
俺も無事とは言い難いが極光を温存することができた上に、身体を壊さない範囲での力の使い方を試すこともできた。
「その太刀筋……お前はあのエルフと同じ流派か…いや、あそこまで似ているとなると弟子だな?」
動こうとした途端、背筋が冷たくなるほどの殺気が黒騎士から発せられた。
「…それがどうした」
黒騎士の会話に応じつつ、警戒する。
「あのエルフには一度負けた。そして、あいつを殺したのは貴様だな?ああ、よくも…よくも…」
声に怒気がこもりはじめ、奴の全身からは魔力が立ち上る。
それ以上に師匠と戦ったことがあることが驚きだった。
「オレから復讐の機会を奪ったなぁあぁぁぁぁぁぁ!」
胸の傷や鎧の隙間から粘度のある黒い炎が噴き出した。変化はそれだけではないギシギシと鎧が嫌な音を立てながら身体が大きくなっていく。
「奴は自分の力ヲ示すと言ってオレを斬りやガった!魔王ノ御前ナノに!」
巨大化は背後の扉と同程度の大きさになったところで止まったが、炎は噴き出し続けている。
あの炎は触れてはいけない、と直感が告げる。見た目からして碌なモノではない。
「オレ二生ハ恥ヲ晒サセヤガッタ。ダカラ、悲惨、凄惨、残酷、屈辱的二殺スハズダッタ…。奴ヲ殺シタ貴様モ殺ス。ソウスレバオレガ最強ノ剣士二…ソウダ、オレハ最強ニ…ナンデ……」
黒騎士の言動が支離滅裂なものに変わっている。師匠に負けた恨みだけではなく、最強ということに固執しているようだ。
強さだけを追い求めてこんな風になってしまったのか。
もし、自分もたくさんの人に出会わず師匠が導いてくれなければ、いつか強さに固執して眼前の怪物のようになっていたかもしれない。
「———楽にしてやる」
剣を振りかぶり、力を注ぎ込む。
「グオォォォォォォォォォ!」
黒騎士だった怪物が拳を放つ。
岩塊のような拳が直撃すればいくら今の状態でも無事では済まない。
「———
ただ放つのではなく、加速させた時のように力を制御した。極光を放つ方向を限定し威力を上げた。
一瞬で怪物は光に飲まれる。
光が収まると怪物の頭から心臓辺りまで消失しており、膝から床に倒れる。
その背後にあった扉も極光に耐えきれずに音を立てて崩れるさった。
そして————、
扉の奥に黒い太陽がいた。
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