第39話 極光
朝日で白み始めた空。
周囲が明るくなったことで戦場の凄惨さがはっきりと見えるようになる。
魔王が完全に復活すればこの光景が世界中に広がるのだろう。
仲がいい三人組も村長も村の人たちがこんな風に倒れる。
義勇軍が、ミレイナが、そして勇者が守りたいと想った人たちもみんな死ぬ。
それは止めなくてはいけない。
遠くにシルエットだけ見えていた砦がはっきりと視認できる距離に近づいた。
ここから見えるだけでも砦の周りには魔獣が大群となって蠢いている。
まだ俺に気づいた様子はない。
重たかった足も体中に走っていた鋭利な痛みも今は感じない。
時間が経つごとに身体が治っていく。
一瞬だけ使った負荷で体が悲鳴を上げたがそれも乗り越えられたらしい。
それでも後何度使えるかわからない。
「———ここからは常に、全力だ」
剣を構える。
形を思い描く。
使うための知識は力と一緒に受け取った。
「神装再臨」
短い呪文を口にすると同時に奥義の枷が取り払われ、溢れ出した力が剣へと流れ込む。
愛剣が光に包まれ、形を変える。
刀身は僅かに伸びるが、羽のように軽く手に吸い付くように馴染む。
鋼の色からそれ自体が光っているような銀の刀身。
そこに刻まれた金の細かい装飾。
奥義と呼ばれる存在の力を宿した剣。
それを大きく振りかぶる。
「
更に過剰なまでに剣へと魔力を注ぎ込む。
剣からあふれ出る魔力が光となって噴き出す。
振り下ろした剣から放たれた極光は眼前のすべてをことごとく焼きつくす。
魔獣の殆どが消え去った。何が起こったかさえわからなかっただろう。
俺から砦まで直線上にいなかった魔獣でも余波で半数以上が死んだようだ。
そして、砦の中央が綺麗にえぐり取られている。向こう側の景色が見える。
遠くに佇む魔王の居城が視認できる。
俺は神装再臨を解くことなく、一気にその場を駆け抜ける。
極光が焼きつくした跡をひたすら走る。
ここまでの戦場のような嫌な臭いはしないが、代わりに表しようのない嫌悪感を抱く。
これは一方的な虐殺だ。
相手が魔獣であったとしても気分のいいものではない。
巨大な裂け目をつなぐ橋として役割を持っていた砦に穴をあけたが、橋としての強度は問題なさそうだ。
あと少しで対岸に渡れるというところで、不意に身体が動かなくなった。
力を使った反動ではない。
意識はあるが、身体を動かしている感覚がない。
視界が歪む。見ているものが色を失っていき白黒に変わっていく。
「魔法か……」
精神に干渉するのか、対象を拘束するものかはわからない。
神装再臨を使っているのに術にはまるとは思っていもみなかった。
しかし、それも一時的なものだ。
魔力を放出し、術を破壊すればいい。
「「「「貴様、その力をどこで手に入れたッ!」」」」
「……ッ⁉」
頭の中に声が響いた。
いくつにも重なったような声で性別もなにもわからない。
重なって響く声はかなり不快だ。気分が悪くなってくる。
「「「「それは我らが魔王様がこそ持つべき力だ!貴様やあの憎たらしいエルフが持つものではないッ!」」」」
「……違う」
「「「「何が違うというのだ。それは本質的には魔王様と同質のモノだ!」」」」
魔王が持つべき力だと?
これは確かにおぞましいものだけれど、決して魔王が持つべきものではない。
少なくともこの力を作った人たちは明日が続くことを願っていた。
絶望が希望に変わることを信じていた。
それがこの力を受け取った時に明確に伝わってきた。
「———お前たちを、魔王を倒すための力だ!」
魔力を放出して術式を吹き飛ばす。
感覚が戻ってくる。世界が急速に色を取り戻していく。
いつの間にか、橋を渡り切っていた。しっかりとした地面の感触を確かめ、魔王城へ一直線に走る。
眼前に広がっていたのは見渡す限りの荒野だ。
身を隠せそうなものはない。
だからこそ、城の前に敷かれた軍勢もはっきりと見える。
砦にもいた魔獣の他にも武器や鎧を装備した人型も見える。
隊列を組んでいることから砦にいた魔獣の群れとは練度が違うことがわかる。
「「「「たった一人で攻め入るとは!例え貴様の力であろうともこの軍勢は破れん!」」」」」
空から声が降ってきたかと思うと、軍勢の背後に巨大な影が立ち上る。
濃い緑色のローブを被った老人に見えた。
その手には最小限の装飾のなされた杖を持っている。
こいつが魔法を使っていた奴だ。
急制動を掛けながら剣を肩に担ぐようにして構える。
「「「「四天王マスクテルアの名において命じる。蹂躙せよ!我が同胞!」」」」
その言葉が何かの術だったのか、軍勢の魔力が高まるのを感じた。彼らは一様に雄たけびを上げ、武器を掲げる。
「————
剣を振るう。
限界まで注ぎ込まれた魔力が放たれる。
光は正面の敵ごと展開されていた防御の結界も消し去った。
極光は止まらずに進み、城門に亀裂を入れたところで霧散した。
「破滅の極光ッ!」
間髪入れずに放つ。
マスクテルアの巨大な幻影は消えてはない。
おそらく軍勢のどこかにいるはずだ。
探し出すのは骨だが、まとめて焼き払えば隠れていようと関係ない。
「「「「貴様ァッ!!!」」」」
合計四回、極光を放つと恨み言を吐きながら四天王の幻影は消え去った。
荒野を埋め尽くさんばかりに存在していた軍勢は跡形もない。
何とか耐えた奴がちらほらといるが、しばらく戦うことはもちろん動くこともままならないだろう。
障害がなくなった荒野を進み、半壊した門をくぐる。
強烈な圧を感じ、城を仰ぎ見る。
城の中央にある塔。その最上階辺りから圧倒的な存在を感じる。
「そこにいるのか、魔王……!」
奥義と同等の魔力と存在感。
手が震えていた。今すぐここから逃げたい。
そう思わずにはいられない存在が塔の一番上にいる。
もう一度、強く剣を握る。
飲まれそうになっていた自分に活を入れる。
ここまで来たんだ。立ち止まっている暇はない。
奥義がまだ魔王は覚醒していないと感覚で伝えてくれる。
ただし猶予はあまりない。
極光を連発しすぎたせいか、左手の甲からひじ辺りまで大きな亀裂ができていた。
出血は大したことないが、傷が治る様子もない。
肉体の限界は近い。
極光は使えるが十分な威力を持たせられるか不安がある。
確実に倒すのならこの剣を届かせ、直接打ち込むしかない。
城の中へと入ると、大きな螺旋階段があった。それ以外に魔王の元へ続く道はなさそ
うだ。
螺旋階段を上がっていく。
一歩、一歩と前へと進むたびに身体に重しを追加されるような感覚だ。
恐ろしい存在感。
それでも懸命に階段を上る。
幸いなのは城に入ってから階段を上っている最中に一度も敵と出会わなかったことだ。
もしかしたら魔王は誘っているのかもしれない。自分が倒されるはずはないと、絶対の強者であると思っているからこそなのかもしれない。
「……随分と下に見てるな……ッ!」
抗うように階段を強く踏みしめ足を前に進める。
息が詰まり、身体を押しつぶされそうになる重圧に耐える。
ようやく長い階段を上りきると奥に巨大な扉のある広間に出た。
そして、その近くには黒い騎士が門番のように立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます