第38話 戦場
振り返らずに俺は平原を歩いた。
目的地は魔王の居城。
ミレイナとの約束を破ることにはなるがこのまま一人で魔王を討つ。
師匠の話では魔王が完全になるまで猶予が残されていない。
勇者が回復するのを待っていれば間に合わないだろうし、自分の中にある力が魔王が完全復活に近づいていることをひしひしと伝えてくる。
それとは別に一人で討伐に向かう理由がある。
力を受け継いで分かったが、奥義は俺には荷が重すぎる。
憑依召喚と同じ仕組みであるが、俺という器には収まりきらない。
力があふれ出てしまわないように押さえつけるだけで精一杯だ。戦いとなった時には制御しきる自信がない。
前方のなだらかな丘の上に、野営地が見えてきた。
夕暮れ時ということで視認しずらいが掲げている旗は国のものだ。
騎士でもない俺が通ろうとすれば必ず止められる。事情を説明したとしても信じてもらえないだろう。
余計ないざこざが起きるかもしれない。
夜になってから近くを通り過ぎた方が良さそうだ。
出来るだけ背の高い草の近くで仰向けになる。
多少は見つかる危険を避けられるだろう。
師匠と戦ったのが今朝。そこから文字通り歩きっぱなしだ。
だというのに身体は全くと言っていいほど疲れていない。
むしろ力が溢れている。
受けた傷もいつの間にか塞がっていた。
奥義と言われるこの力の影響だろう。
「これだけの力があったのに……」
破格の力だ。こんなものを身の内に納めながら、師匠は他の召喚獣を使役して戦っていたとは信じがたい。
気を抜いたら暴発してしまいそうだ。
夜になるのを待つ。
腹は減ってなかったが手持ち無沙汰だったので、持ってきていた干し肉をかじりながらじっとしていた。
日が完全にくれる前に馬に乗った騎士が数名、野営地の中に入っていった。
周囲の警戒に出ていたのだろう。彼らが入ってからもう一組、入っていった。
そこからさらに待ち、日が沈み切って野営地に松明が灯り始めた。
丁度いいころ合いだ。
野営地からの距離を取りつつ、大きく迂回するように進む。
その途中、野営地の様子を伺ったが、遠目からでも物見をしている人物に疲労が見て取れた。
先程の哨戒の騎士もそうだが前線の状況は芳しくないのだろう。
それに勇者が怪我をしていることも伝わっているはずなので、士気を高く保つなど無理な話だ。
見つかることなく野営地を通り過ぎて更に進んだ。
ある程度進むと、異臭が鼻を突いた。
肉の焼けたにおいだ。
決して食欲を誘うたぐいのものではない。
雲の隙間から差し込む月明かりが周囲に散乱するものを浮かべあがらせた。
見渡す限りの死体。
人間も魔獣も死んでいる。
「……」
異臭と最悪な光景に顔を顰めながら、その中を進んだ。
月明かりに照らされる戦場は赤い花が咲く花畑のようだった。
人体の一部や、人らしきもの、体中に剣を刺された魔獣。
折り重なるようにして死んでいる狼のような魔獣。その下から杖らしきものの先端が顔をのぞかせている。
空恐ろしいほどの静寂の中、自分の足音だけが耳朶を叩く。
不意に何かが動く気配がした。
月が雲に隠れる。
周囲を暗闇が包み込む。
剣の柄を握りいつでも抜けるようにする。
気配は四つ。いずれもこちらを観察するように距離を取りながら、俺を囲んでいる。
それに構わず前へと進む。
雲の切れ間から僅かに月が顔を出す。
瞬間、気配の一つが背後から猛烈な勢いで突進してくる。
振り向きながら剣を抜き放ち、斬りつける。
自分でも驚くくらい滑らかな動作だった。
刃が肉を裂き、骨を断つ。
命脈を切断する感覚。
「ギャフォォッ!?」
顔から腹のあたりまで切り裂かれた魔獣が断末魔を上げる。
周囲に転がっている狼のような姿をした魔獣だ。
魔獣は体液をまき散らしながら地面に落ちて、動かなくなる。
その様子を最後まで見届けることなく、振り切った剣を引き戻し、右側から近づいてきた魔獣の脳天へ突き刺す。
それとほぼ同時に左右から魔獣が跳びかかってくる。
剣での迎撃は不可能。
そう判断して、突き刺したままの死体を右の魔獣にぶつけ、左から来た魔獣には倒れながら蹴りを放つ。
「リャァァァァ……ッ!」
憑依召喚が使えるならサラマンダーで倒すこともできた。
牽制程度にしかならない威力の蹴りが魔獣の腹を捉える。
べこ、と何かが潰れるような音がした。
魔獣の腹があり得ないくらい凹んだ。そして、口から血を吐き出し、勢いよく吹き飛んだ。
そのまま地面に叩きつけられ死んでいた。
あり得ない威力の蹴りを放ったことに驚きつつも、身体は動いた。
死体をぶつけた魔獣に近づいて、斬りかかる。
魔獣はおびえた様子で逃げようとしたが、俺の剣の方が速い。
襲ってきた四つの気配はこれですべてなくなった。
「今のは……」
剣を鞘に納めながら、軽く足を振ってみる。
感覚は全く変わっていない。
特別強力な力が足にあるわけではない。
ほとんど無意識に憑依召喚をしていた。それで奥義の力を身体に流していた。
それがまさか魔獣を蹴り殺せるほどになるとは思ってもみなかった。
「ぐっ……が……!」
全身を切り裂かれたような痛みが襲う。力を一瞬使っただけで自分の中の何かに罅が入る感覚がある。
絶対に壊れてはいけないものが壊れるような。
気づけば肩で息をして、玉のような汗をかいていた。
痛みが落ち着いたところでまた歩き出す。
この力は俺には扱えない。使う資格があると師匠は言っていたがまだまだ俺では扱いきれない。
だからこそ、俺が完全に壊れきる前に魔王を倒さなくてはいけない。
日が昇り始めるころには遠くに、魔王の領地へと渡るための最後の砦が見えた。
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