第36話 最強とエルフの剣士②

 初めて師匠を完全に捉えた。


 頭の隅ではやけに冷静にその事実を認識していた。


 身体は動き、肩から胸を斬り、脇腹へ抜ける。


「……」


 浅い。


 振りぬく直前に僅かに距離を取られた。


 しかし、これで左腕は使えない。


 師匠ならば大太刀を片手で振るったとしても、戦えるだろうが今の俺には勝てない。


 このまま一気に畳みかける。


 足を前に踏み出そうとして、視界ががくんと傾いた。


 転んだと気が付いた時にはどうしようもなかった。地面に膝をつく。


「く、そ……」


 目がかすむ。全身が重たく、力が入らない。


 倒れないようにするのが精一杯で、立ち上がれない。


「時間切れのようだね、ルプス」


 血まみれの師匠が事実を淡々と告げる。


「身体の損傷をいとわないほどの身体能力強化、ミレイナの術だけではないね。召喚獣の魔力だけを呼び出して消費し、自分を強化していたんだろ?」


「そうですよ、師匠を倒すなら今の俺とミレイナの力じゃ足りないから」


 これは時間制限のある身体能力強化だ。


 最初からグランドドラゴンを憑依召喚しておいた。本来なら消費するのは自分の魔力だが、召喚術の使い手にはもう一つの魔力元がある。


 召喚獣自信を魔力に還元する方法だ。


 憑依召喚は召喚獣を現実に呼ぶのではなく、魔力の塊として召喚する。


 彼ら自身を身体強化のための魔力元にした。


「わざと暴走させるのに近いけれど、召喚獣側から契約を破棄されるようなやり方だ。ルプス、もう二度と召喚できなくなるぞ」


「……師匠の言う通り、これは契約破棄を前提にした強化です。もう新たに召喚獣と契約することもできないでしょう」


「それなら……」


「俺は、師匠を止められるならそれくらい構わない!」


 息を整え、剣を支えにしながら立ち上がる。


 暴走させるだけなら魔力だけ卸せばいいが、それでもってこれる魔力は微量だ。


 しっかりと召喚した状態でないと大量の魔力は得られないが、召喚したうえで魔力を奪うのは殺すことと同じだ。


 彼らは召喚術に縛られた状態で意識を削り取られていく。


 こちら側で疑似的な死を与えられる。


 ここまでの攻防でサラマンダーは使い切った。発動して全力で戦うのは残り二回。


「まだそんな甘いことを言っているのか」


 師匠が剣を構えると、光が集まり、次第に剣の形が変わっていく。


「これだけは譲れません」


 憑依召喚。ヒカリを召喚する。


「そうかい。それなら僕も全力で戦おう」


 光が収まり白銀の刀身を持つ剣に変わっている。


 師匠の雰囲気がさらに鋭くなる。


 もう一度、グランドドラゴンの身体強化を使う。


 ヒカリの人懐っこい姿が脳裏に浮かんだ。申し訳ない気持ちが湧いてくるが、押し殺して目の前のことに集中する。


 最初の攻防で戦闘不能にできなかった以上、ここからの戦いはさらに辛いものになる。


「…ッ」


 師匠が予備動作なしに距離を詰め、剣を振るった。


 咄嗟に剣で防御する。


 ほとんど見えなかった。あの力を使っている師匠はさっきまでとは全く違う。


「リャァァァァァッ!」


 防ぎ、躱し、反撃する。


 段々と躱しきれずに斬られる。


 深い傷ではないが、確実に師匠の太刀が迫ってきている。


 俺の斬撃は軽い傷しかつけられない。ほとんどが防がれる。


 速度や膂力では拮抗している感覚だが、技術の部分で負けている。


 時間が経つほどに師匠の方が優位になる。


「ぐ、は…」


 師匠の蹴りが鳩尾にあたる。


 呼吸が乱れ、致命的な隙ができる。


 咄嗟に受け身も考えず、身体を投げ出すようにして横に飛んだ。


 身体があった場所を刃が通過していく。地面を転がりながら無理やり起き上がる。

 追撃は来なかった。


 師匠は剣を肩に担ぐように構えた。


 勇者を倒した時の技を使うつもりだ。


 迫りくる濃密な死の気配に背筋が凍る。


 ここしかない。この一瞬が勝負の分かれ目だ。


 グランドドラゴン自身も魔力元として消費し、一時的に身体強化の上がり幅を広げる。


 この一瞬だけは俺とヒカリ、グランドドラゴン自身の三つの魔力を消費しての身体強化だ。


 先程まで比ではない。


 全力で師匠との距離を食いつぶす。


 一歩踏み出すことに骨に罅が入り、筋肉がちぎれるのが伝わってくる。


 過剰な強化に身体が耐えきれない。


 剣を握る右手の感覚以外は何も感じなくなってきた。


 意識だけは鮮明で、自分の動きも師匠の動きもゆっくりに見える。


 それ故に、俺が駆け抜けても奥義を喰らうことがわかってしまう。それでも一矢報いることは出来る。


 ほんの一太刀浴びせることは出来る。


 大切な仲間の魔術師との約束は果たせないことは残念であるし、村のみんなを助けることもできない。


 けれど、それは勇者がやってくれるだろう。


 様々考えが頭を過る。


 師匠を殺さずに止めることは無理だ。殺す気で、全力でやらなくてはこの人は止められない。


 だからこの一撃は心臓を狙う。


 最後の数歩を駆ける。


 死をもたらす斬撃がすぐ近くまで迫っている。


 俺は突きを心臓へ向けて放つ。


 教わった技術を使い、壊れるほどの身体強化の速度を乗せた最速の攻撃。


 師匠の斬撃が俺の身体を切り刻むがそれと同時に、切っ先が心臓を貫く。













 ———————そうなるはずだった。




 肉を貫く感覚。剣で人を斬った時の手ごたえがする。俺の剣は師匠の胸を貫いていた。


 それなのに…


「な、んで……」


 師匠の刃は俺の肩口を浅く裂いた程度で止まっている。


「ごふぉッ……、見事な覚悟だったよ、ルプス」


 身体に降りかかる鮮血の温度を他人事のように感じていた。

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