第33話 両断③

 生命樹から出て、隠れ家代わりにしている場所へ森の中を進んでいた。


「やはり貴様だったか」


 背後から声がした。記憶の中よりわずかに年老いているが込められた怒りは一切薄れていない。


 ゆっくりと振り返るとグリーレが杖を構えていた。


「追放者がよく入ってこれたな。弟子もつれてくるとはふざけているのか、リュウ」


「できれば入りたくはなかったけれど、理由があってね。それより僕に弟子がいること、よく知っているね」


「あんな太刀筋を見せられれば嫌でも気が付く。目にするのさえおぞましかった。だが、私の魔法で無様な姿を見せた時には笑いをこらえるのが大変だった」


「———グリーレ、ルプスに何をした」


 自然に背中の剣へと手が伸びていた。


 僕の動きを見てグリーレが喉の奥で笑う。


「その程度のことで怒るか。少し痛い目にあってもらっただけだ。しかし、貴様は何も言う資格はないぞ。よもや、我らが師を殺し、修行していた者たちを殺したこと忘れたとは言わせん」


 グリーレが感情を高ぶらせるのと同時に魔力が立ち上る。


「……忘れてはいない」


「そうか。だとしても貴様は許さん」


 言葉と同時に四方から魔力で作られた鳥が突撃してくる。


 神速の抜刀。流れるような連撃で、隠された呪いごと斬り捨てる。


「一度見せたものは通じないよ。破壊の呪いも。君一人では僕は倒せない。仲間でも

 読んだらどうだい?」


「貴様はこのグリーレが倒し、師の仇を取る。実力は嫌というほど知っているが、お前を殺すために創り上げた魔法はまだある」


「それならその全てを斬り捨てよう」


 戦闘は避けられない。


 幸いなのはグリーレが一人で僕を倒すことに固執していることだ。


 恐らく僕のことは誰にも話していないはず。


 それなら彼が話せなくなればルプスに危害が及ぶこともない。


 両者の間に流れる緊張感が高まっていく。


 グリーレは簡単に戦闘不能にできる相手ではない。


 張り詰めた緊張感が頂点に達しようとしたその時、そいつは現れた。


 地面を移動する小さな虫の大群。


「魔物も風情がなぜ結界内にいる?貴様の仕業か」


「知らないよ、君目当ての客なんじゃないかい」


 ただの虫ではなく魔力を持っている。それも邪悪な魔力を。


「ケヒヒヒヒヒ」


 虫たちが寄りつまり、そこから君の悪い声が聞こえる。


 それはうぞうぞと動きながら人型になる。


「お初にお目にかかる。最高峰の魔法の使い手グリーレ様、そして、流浪のエルフの剣士様」


 しわがれた奇妙に反響する声を聴いた途端に頭のどこかが刺激された。


 聞いたことがある声な気がする。それも、かなり昔に。


「魔王軍四天王、マクステルアと申します。本日は新たなる四天王の勧誘をしに来ました」


 僕もグリーレも油断なく、いつでも攻撃できるようにする。


 因縁があるとはいえ、魔王軍は共通の敵だ。


 視線を僅かにグリーレへ向けると奴も、今だけは停戦してやると言いたげな眼をしていた。


「四天王の一角を倒した剣士様、貴方は魔王様に選ばれた!」


「僕が?どうでもいいね。魔王の配下となるよりも魔王を斬る方が楽しそうだ」


 話しながら距離を測り、斬るべきものを見定める。


 目の前の人型は本体ではない。虫が集まってできた人形のようなものだ。


 しかし、本体と人形をつないでいる魔法自体を斬れば多少は傷を負わせることができそう。


「魔王様の力を受け入れればあなたが目指した強さを得られますよ。例えばあなたが

 師から奪った奥義を使えるようにしたり」


「……なに?」


「奥義とは名ばかりの異次元の存在。貴方でもそれを使えるようにすると魔王様はおっしゃっているのです。そうすればあなたが夢見た強さは手に入るのでは?」


 もし本当に選ばれなかった僕でも使いこなせるようになるのであれば、諦めた夢を叶えることができるかもしれないが———


「嘘を言うな。いかに魔王といえど我らが奥義を支配できるはずがない!」


 グリーレが怒りをあらわにして叫ぶ。


 この力の起源は魔王のような存在を倒すためのものらしいと師は語っていた。


 ある意味では魔王に対する毒となる力をその対象が支配できるとは考えにくい。


 しかし、マクステルアは気味悪く嗤う。


「嘘だと思うなら、体験させてあげましょう。魔王様から頂いた力の一端を!」


 人型がカッと目のあたりを見開いた。


 マスクテルアが行動する前に僕は刀を振るい、グリーレは魔法を発動させようとしたが———


 身体を動かせなくなる。


「……ッ!」


 身体の自由を奪う魔法だ。ミレイナの拘束魔法よりも数段上の。


 解除しようとするもうまくいかない。それはグリーレも同じようで魔法を発動させる体制のまま固まっている。


「魔法の耐性や対策があってもこの魔眼は防げませんよ。これこそが魔王様のお力!素晴らしいでしょ?この力ならばあなたの中の存在に手綱をつけることなど容易い!」


 表情の読めない人型であっても歓喜に打ち震えている様子が見て取れる。


 僕の耐性は奥義の存在が大きいし、グリーレの対策もかなりしっかりしている。それがこうもあっさりと破られるのは信じがたい。


「……魔王の力っていうのは本物らしいね」


 戦闘態勢を解いた途端に拘束が解除された。


「リュウ、まさか貴様……!」


 この力があれば本当に諦めたものにも近づける。多くのものを失うし、もう元には戻れないだろうけど。


 それに————————。




「わかった。その話、受けよう」


「貴様!またあの時と同じことを繰り返すつもりかッ!!」


 グリーレが叫んでいるが無視する。


「ケヒヒヒヒ!そういってくださると思っていました。———しかし、一つ気になることがあるのです。魔王様はあなたの力を買っているようですが、四天王に勝ったのはまぐれなのではないかと思わずにはいられない」


 その一言でマスクテルア自身はまったく勧化していないことがわかる。


「力を示せばいいんだろ。何をすればいい」


「まずは結界の破壊、そして、忌まわしき勇者たちの首を。結界が修復されるまでに」


「それだけでいいのか」


「結界さえ破壊されれば下僕に他の兵士共の相手をさせるので」


「わかった。それならまずは———」


 振り向きざまに拘束されたままのグリーレを斬る。


 ガキンと何か硬いものにあたる音がする。魔力で出来た防壁だ。


 グリーレがいつの間にか拘束を解除しており、防壁を纏って距離を取ろうとしていた。


「そう何度も敗れると……ッ!」


 返す刃で防壁を切り裂く。


「悪いけど、その程度の魔法じゃ僕の剣を防げない」


 踏み込み、一閃。


 右肩から左わき腹まで切り裂いた。


 大量の血液をまき散らしてグリーレは倒れる。


 準備していた回復魔法も斬った。


 この深手では魔法を使うことも難しいだろう。


「とりあえず、これで最低限信用してもらえたかな?」


「ええ、もちろんですとも。この戦いの後は魔王様の元まで送り届けましょう」


 そう言い残し、マスクテルアは崩れ元の虫に戻っていく。その虫たちが四方八方に散っていく。少しの間意識を集中して探ってみても見ている気配はない。


 腰のポーチを外して地面に放る。あの中には結界内で活動するために必要な霊薬やら回復薬やらあるが必要なくなった。


 別の誰かかが有効利用するだろうし。


「さて……本気でやるか」


 せっかく舞い込んできたチャンスだ。


 無駄にせずに使おうか。


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