第32話 両断②

「ここは変わらないな」


 エルフ達の国。その周囲を覆う森の中で一番大きな木に登って街の様子を眺める。


 僅かに街が大きくなったようだが、僕が暮らしていた頃と大差はない。


 相変わらず老人共や女王は生命樹に引きこもっているみたいだ。


 それならそれでこちらとしては好都合だ。


 僕が動きやすくなる。


 街の中を進む義勇軍が見えた。


 ふと弟子の顔が浮かんだ。


 先程あった時、まだ疲労の色は濃かったがそれでも数日前とは比べ物にならないくらい強くなっていた。


 本人に強い自覚はないだろうが、少しづつ変わってきている。


 ルプスの成長速度に思わず口角が上がった。




 夜になって森の中を静かに進む。


 月明かりと生命樹の灯があっても森の中は暗く視界が悪い。


 そうして時間をかけて生命樹に近づく。


 彼なら深夜であっても工房で作業しているはずだ。


 色々と話しておきたい。


 そう思いながら歩いていると、


「この魔力は———」


 懐かしい魔法の気配だ。


 より慎重に気配を殺して魔力の方へと進む。


 丁度、生命樹の根本あたり、目的地の近くにいるようだ。


 あちらからは視認しずらい木に身体を隠しながらそっと状況を盗み見る。


 気難しそうな顔をした同族が装飾過多な杖で魔法を行使している。


 同じ師の元で修業した魔法使いのグリーレ。


 噂で聞いた限りでは魔法総帥と人間たちの国では呼ばれているらしい。


 修業の時から魔法では俺は叶わなかったし、同時期の弟子の中では実力はかなりある

 方だった。


 魔術師の前には少女がいた。


 頭を垂らす麦のような髪に、中世的な顔立ち。髪よりも輝く気品のある黄金の鎧を纏

 い、手には一振りの長剣。


 身に着けているものには詳細は分からないが魔法が付与された魔法具。


 何より、彼女の魔力量と質はどちらも普通じゃない。


 ———さてさて、どうしたものかな


 強力な魔法使いと謎の少女。


 グリーレは近づけば僕に気が付くだろう。彼だけなら撒くこともできるが、あの少女

 はかなり手ごわそうだ。


 ここは様子を見て、無理そうなら出直そう。


 そう決めてしばらく木の陰から二人を観察する。


 どうやらグリーレは少女の鍛錬に付き合っているみたいだ。人間嫌いの典型的なエル

 フだったはずだが、数百年の間に考え方が変わったのだろうか。


 ある程度時間が経ったころ、少女がその場を去っていった。


 これでグリーレもいなくなるだろうと思っていたが、そうはならなかった。


「ずっと見ているな、用があるなら出てこい」


 僕が隠れているほうを見てそんなことを言ってきた。


 何らかの魔法か、それとも戦うものとして経験からかはわからない。


 思っていたよりも彼は腕を上げていた。


「出てこないのであれば攻撃する。やましいことがなければ出てこれるはずだが?」


 杖を構えてもいないし、魔法の準備をしている雰囲気もないが、攻撃すると決めた瞬

 間に魔法が放たれると直感でわかる。


 しかし、最初から本気では来ないはず。


 適当にいなして逃げる。


 瞬時に思考し、その場から離れるために走り出す。


「行け!」


 それとほぼ同時のタイミングで魔法が放たれた。


 魔法は鳥の形をしていた。


 召喚獣ではなく目的のために形を与えられた魔力の塊。


 自動追尾魔法の類だ。


 逃げ切るのは難しい。幸いにも放たれた鳥の数は五羽。


 ここで撃ち落とす。


 地面に落ちていた木の枝を拾い魔力を通す。


 一番近くに迫っていた魔法を枝の先端で貫く。


 さらに二つ、一息の間に貫いた。


 そして、残りの二羽も近づいた瞬間に貫くが枝が爆散する。


「これは……条件発動する呪いか」


 攻撃した対象を破壊するといったところか。


 それを自動追尾魔法に悟られないように組み込んでいる。


 まるで魔法を斬れる剣士に対抗するためにあるような魔法だ。


「……当然か」


 あのことを経験したグリーレならそういう魔法を使っていてもおかしくない。


 それだけのことを僕はしたのだから。




 翌日の深夜。


 義勇軍を歓迎する宴が開かれているらしい。


 人がそちられに流れているので、生命樹への侵入は簡単だった。


 天窓や張り巡らされた木の根、わずかな出っ張りを足場に地下へと下っていく。


 最後の数メートルを音もなく降りると、懐かしい音が聞こえた。


 鋼を鍛える音。


 工房の一番奥、ここの主しか使えない最も古く神秘が溢れた鍛冶場に探し人はいた。


 僕がわざと気配を隠さずに背後から近づいてもリーフェリオンは一心に槌を振るっている。


「……お前さん、随分丸くなったな」


 眼前の鋼を鍛えながら、背中越しに話しかけてきた。


「そうかい?まぁ、あの頃は未熟だったからね」


「その一言で済ませるにはやり過ぎたがな」


 背中越しに睨まれた感覚。


 自分でもわかっている。願いのために僕は許されないことをした。だから追放者となっているし、気が付いたからこそルプスを育てることにした。


「儂が言っているのは弟子をちゃんと育てていることだ。自分の強さにしか興味がなかったのによ」


「それは反省したからだよ。せめて師の教えを残そうと思ったからだよ」


 それで許されるとは思わないし、許されようとも思わない。


 せめてもの罪滅ぼし。


「それで何しに来たんだ?まさか儂にこの剣を打ち直させることを言いに来たわけではないだろう」


「そのまさかだよ。お前が簡単に引き受けてくれるとは思っていなかったから念のために」


「……あの剣は当時の儂に打てた最高のものだ。今見ると粗が多くてな。打ち直させてもらうのならやらせてもらう。用がないのなら帰れ。グリーレに見つかれば大変なことになるぞ」


「わかっているよ」


 工房から出るためにリーフェリオンに背を向けて歩く。


 出ていくまで鋼を叩く音が聞こえてきた。

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