第31話 エルフの剣士と少年と

 エルフの里が戦火に巻き込まれてから二日が経った。


 本来なら前線へ向け出発する予定だったが、現在もエルフの里に留まり態勢を立て直すことになっている。


 義勇軍の被害は甚大で死傷者を含めて半数以上が戦えない。


 突然の奇襲と圧倒的な物量で大勢が犠牲になった。


 エルフにも少なくない犠牲者が出たらしい。


 足を止めている理由の半分が負傷者が多いことだが、もう半分は勇者たちが戦闘不能になっていることだ。


 勇者の仲間たちは程度の差はあれど傷を負っていた。少なくとも一日は意識を失っていた。


 森では魔法使いのグリーレが瀕死で見つかったらしい。刀傷は心臓まで達していたが、どうにか魔法で命をつないでいる。


 そして、最も重症なのが勇者。


 全身に二十八の深い刀傷。左腕など皮一枚で繋がっているような状態だった。

 生きていることが奇跡と言ってもいい。


 驚異的な回復力で傷は塞がったそうだが未だに目を覚まさない。


「ルー君いるー?」


 戦いで崩れた建物の瓦礫を片付けていたら、後ろから声を掛けられた。


 振り返るとポニーテールを揺らして俺を探しているヴィヴィがいた。


「ヴィヴィ、こっちだ」


「やっほー。元気そうでなりよりだけど傷だってまだ完治してないんだからほどほどににね。

 そうそう、工房に来てほしいっておじいちゃん……リーフェリオンが呼んでたよー。

 依頼の品が完成したのじゃ、って」


 幼い顔でしかめっ面を作ってリーフェリオンの真似をする。


 記憶だとそんな喋り方はしていなかった気がするが。


「わかった。一区切りついたら———」


「あ、大丈夫大丈夫。ここの片づけはアタシと手の空いてる人たちでやるから行ってきなよ。本来、一人でやることじゃないんだから。……今は自分を労ってよ。これで怪我したりしたらシーちゃんの頑張りが無駄になっちゃうだろ」


「そうだな……。すまない、あとは頼む」


 服に着いた埃を軽く払って歩き出そうとして、ヴィヴィが笑った。


「言葉が違うよ、ルー君。こういう時はありがとう、だよ!」


 その笑顔は照り付けている真昼の太陽よりもまぶしく見えた。





 重たい足で生命樹の地下へと続く階段を下りる。


 工房の扉を開けると熱風に迎えられる。


 工房の一番奥にリーフェリオンの部屋があるらしいので忙しそうに働いている鍛冶師たちの間を縫って進む。


 扉の前に着くと丁度、開いた。


「来たか。中に入れ」


 部屋の中は質素だが、物が多かった。


 来客用のソファとローテーブルが一つ。


 そして、リーフェリオンの仕事用らしき机。家具はこれだけだ。


 壁一面に剣、槍、斧などの武器が掛けられている。


 座っとれ、とソファを顎で示される。


 ソファは思った以上に体が沈むので一瞬、バランスを崩しそうになった。


 目の前のローテーブルに布に包まれた長い物が置かれる。


 リーフェリオンは丁寧に布を剥がす。


 そこには新品同様の輝きを放つ愛剣の姿がある。


「修理はしたが、そう長くは使えんぞ。とりあえず持って具合を確かめてくれ」


 柄に巻かれている革も新しいものに取り換えられているが、手に吸い付く感じも重さも変わっていない。


「問題ない」


 剣を鞘に納める。


「お前さん、リュウの弟子なんだろ?その剣はな、儂が打ったものだ」


「そうだったのか」


 考えてみれば師匠が眼前の鍛冶師なら依頼できると言っていた。繋がりがあって当然か。


「あいつはな、昔っから強さに憧れててよ。強くなる為ならどんなこともやる奴だ。それが原因で里を追放されもしたがよ、儂はあいつの貪欲さを嫌いになれなくてつい世話を焼いちまった」


 鍛冶師は過去を懐かしむように目を細めた。


「……リュウはきっと勇者や他の誰かに負けてもきっと懲りずに強さを求め続けるだろう。しかし、自分の技を教えたお前さんに負けたならあの馬鹿もきっと諦めがつくはずだ」


「無理なことを言わないでくれ」


 俺の剣では全く届かなかった。勇者ですら勝てなかった。


 ————師匠は最強なんだ。


「これは儂の勝手な願いだ。無視してくれても構わない。だが、もしもリュウと戦うことがあったのなら思い出してくれ」


 俺は何も答えずにその場を後にした。





 工房から出て、ヴィヴィが作業している場所を目指して歩き出す。無理をするなと言われたが、休んでいる気にはなれない。


「…………」


 一歩、足を前へと進ませるだけでつらかった。ずっしりと重しがついてるみたいだ。


 何かして気を紛らわせないと、あの夜の光景が何度も蘇ってくる。


 師匠は本気だった。


 殺すつもりで剣を振るっていた。


 なぜという疑問しかなかった。


 俺の知っている師匠は鍛錬の時には厳しい。そして、強さを求め続けてもいた。けれど、他の誰かを思っていた。


 いつも誰かを守るために剣を振るっていた。


 力あるものの務めであり責任だと。


 ずっと目標だった。師匠のようになりたいと。


 剣を学んだのも、魔術を覚えたのもすべて、師匠に追いつきたかったから。


 だから、魔王の軍門に下ったと聞かされた今でも俺は信じられずにいる。


 何か考えがあってのことかもしれないと思いはしても、その考えも信じられない。


「——、ル――」


 自分の心が宙に浮いているような手ごたえのない感覚。


 考えても答えが出ないことをぐるぐると考え続けてしまう。


「ルプス、聞いてます?」


「え……」


 いつの間にかすぐ近くにミレイナがいた。


「生命樹を出てすぐに話しかけたのに無視しないでくださいよ」


 怒ったように頬を膨らませる。


 全く気が付かなかった。改めて言われてみれば誰かに話しかけられたような気もしなくもない。


「ごめん」


 謝って、瓦礫の片づけへ向かおうとしたら、手を掴まれて止められる。


「待ってください。ヴィヴィさんからルプスに渡すように頼まれていたものがあるんです」


 そういってずいっと手に持っていたバスケットを見せつけられる。


 バスケットからはいい匂いが漂ってくる。


「ヴィヴィさんお手製のサンドイッチだそうです。お昼、というか朝も食べてないですよね」


 首を縦手に振らないと手を放してくれなさそうだったのでミレイナについていく。

 少しだけ移動して、手ごろな瓦礫に腰かける。


 バスケットを開けると様々な具材が挟まれたサンドイッチが現れる。


「どれにします?」


「……これで」


 肉らしきものが挟まれているものを選んだ。


 一口食べると止まらなかった。


 美味しいというのもあるが、食べだしたことで胃が動き出して、身体が求める。


 気が付けば四つ目を食べ終えていた。


「食欲があるみたいで安心しました」


 俺の食べる様子を見ていたミレイナがほっと安堵の息を吐く。


 ミレイナもあの夜のことは知っている。心配してくれていたのだろう。


 短い時間だが一緒に戦った仲間。彼女からは色々なことを教えてもらった。魔術もその強さも。


「俺はもう戦えない」


 恐らくこの場で最も信頼しているからだろう。


 思わず本音が零れ落ちた。


「どうすればいいのかわからないんだ」


 目標だった。ずっと師匠のようになりたかった。


 師匠の示してくれた道を歩いていた。


 それがあの夜、断たれた。


 魔王軍の四天王であり、勇者さえ倒す。


 ぽつぽつと心の内にあったものを吐き出していた。


「……私はそうは思いません」


 ミレイナがはっきりとした、どこか優しさを感じさせる声音で断言する。


「ルプス自身が言ってたんですよ。村のみんなを守りたいから義勇軍に参加したって。しかも、リュウさんの反対を押し切ったんでしょ。———それは紛れもないあなたの意志じゃないですか」


 項垂れたままでいると頭に手を置かれた。


「私が出会ってからのルプスはリュウさんの為ではなく、誰かを守るために剣を振るっていたと思います」


 目頭が熱くなった。


 俺は師匠を追いかけていた。自分の道を歩いたことなんてないと思っていた。


 他人から見て、違うと言ってもらえたことが嬉しいような、安心するような。


 しばらくの間、涙が止まるまで俯いた。


 誰かに顔を見られたくなかった。


 その間、ミレイナは何も言わずに待っていた。





「……師匠を止めたい」


 顔を上げ、自分の中にあるものを言葉にする。


「あの人の目的なんて知らない。……師匠が教えてくれたものをあの人自身に斬らせたくない」


 今の師匠は誰であれ、斬るだろう。それが守るべき戦えない人達であっても。

「ミレイナ、協力してほしい」


「協力も何も、一応、私は仲間なんですから。もちろんです」


 力強く頷いた。彼女の魔法は師匠と戦う時に必要だ。


 これ以上、憧れた師匠の剣を凶刃にはさせない。



 ————俺は自分のための願いを叶えるために剣を取る。



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