第30話 エルフの剣士と勇者⑩
師匠の言葉を頭が理解しようとしなかった。
魔王軍?四天王?
嘘だ。
あの師匠が魔王と手を組むはずがない。
「まだ受け入れられないかい?けれど事実さ。ルプス、僕は君らの敵だ。嘘だと思うなら勇者に聞いてみるといい。特別な眼を持っているから」
思わずシトナを見たが彼女の横顔は険しかった。
「私に見えるものは相手が魔術を使ったか、使われているかくらいです。嘘は見抜けません」
けれど、とシトナは続けた。
「あなたからは目的のためには手段を選ばない人と同じ気配がします」
はっきりと言われた。
どうすればいい。
師匠と本気で殺し合うのか。
俺は———
「そういうことだ。満足したという顔には見えないね。なら剣で確かめるといい。剣士ならば剣に嘘はつけないだろ。それは君が一番知っていることだろうに」
一流の剣士であれば斬り結んだだけで相手のことを知れると師匠は言っていた。
それしか方法がないのなら———
「ルプス君は下がっていて。彼の相手は私がするから」
一歩前へと踏み出した途端に、シトナが手で制しする。
「邪魔しないでくれ!」
無理やり前へ行こうとしたが急に体が重くなりすぐに立っていられずに、地面へ倒れ込んだ。
「拘束魔法だよ。私も何度も戦ってきたので、今のルプス君が戦える状態かそうでないかはわかってる」
「魔法、を、解いて、くれ……ッ!」
「私が君の師匠を倒したら解いてあげる」
そう言ってシトナは俺から離れたところで剣を構え直す。
「我が身に五つ目の力を刻め!デッドエンドカウント!」
対する師匠は剣を緩く構える。力を抜いて自然体でいるのに全く隙がない。
近づけば一瞬で斬られる未来しか想像できない。
「……その力を使うのであれば僕も全力で挑まなくては失礼だね」
突如、師匠の中に巨大な魔力が現れた。
憑依召喚したのではない。元からそこにあったかのようだった。
「神装再臨、殲滅の光よ、宿れ」
師匠の大太刀が光に包まれる。その光は砦で壁を破壊したときに使った憑依召喚と同じだが、魔力の質と量が桁違いだ。
光が収まると太刀ではなく、諸刃の長剣に形が変わっていた。
刀身から柄頭まで白銀になっており、金の装飾が施されている。それも決して下品ではなく神々しさがある。
勇者が頭上に掲げるように大きく剣を振りかぶる。
剣に魔力を込めているのか、剣自体が太陽のように輝きだす。
師匠は自然体のままだが明らかに空気が変わっている。
「
「奥義———」
互いに必殺の一撃を出すために動き出す。
「
勇者がその身に宿すほぼすべての魔力を斬撃に乗せ放つ。
それはグレゴリオの爆発なんて目じゃないくらいの火力だ。
あの攻撃に耐えられるものなどいないと確信できるほどの威容だった。
ここまでが俺が見れる範囲のことだ。
一瞬にして放たれたはずの勇者の攻撃が掻き消えた。
現象はそれだけに留まらなかった。
シトナが全身から血を噴き出して倒れた。
「……………………え……?」
彼女自身にも何が起こったかわかっていないようだった。
突然、攻撃が消え全身を斬られたようにしか見えない。
———まさか全て師匠が斬った、のか?
あり得ない考えが浮かんだ。
シトナの攻撃、あれは勇者の名に恥じないものだ。それこそ魔王以外には防げないような一撃だ。
「同時に五つの斬撃を放つ僕の剣術の奥義に神龍の力で強化したものだ。勇者とはいえ殺しきるつもりだったんだけど……」
僅かにだがシトナの胸は上下している。呼吸はしているがかなり弱々しい。
師匠が剣を振り上げる。
「魔王は君の命を欲しがっていてね。悪いけど死んでもらうよ」
シトナの拘束魔法は解けているので動ける。
しかし、今度は恐怖で手足に思うように力が入らない。
師匠は最強だ。育ててもらったから知っているつもりだった。
けれど今のはそんな想像を遥かに超えたものだった。
無造作に振った斬撃でも防げずに斬られる場面を想像できる。
倒れたシトナがこちらを向いていた。
瀕死でありながらもその瞳に宿る光は力強い。
口がわずかに動いた。
逃げろ、とただ一言。
逃げたところで師匠ならすぐに追いつく。逃げきれはしない。
しかし、そんな現実的な思考よりも、また誰かに守られたという事実が胸を抉る。
守られっぱなしでいいのか、俺は!
「やめろぉぉぉぉぉ!」
身体に鞭打って力を籠める。
地面を蹴って、前へ進む。
振り下ろされ始めた刃と勇者の間に入り、剣で受ける。
ギンと、金属同士がぶつかる甲高い音がした。
止められたのは一瞬だけ。
受け止めたはずの師匠の剣は俺の剣を切り裂いて進む。
しかし、剣を半分ほど切り裂いたところで変化が起こった。
魔術で見た目が変化してた壮麗な銀色の剣が光に包まれる。
そして、光が解けると元の大太刀に戻っていた。
「………時間切れか」
師匠は太刀を鞘に納めた。
「命拾いしたね、二人とも。———次は戦場で会おう」
そう告げて師匠は走り去っていった。
最後の言葉は俺に向けてのものだ。
明確に敵だとわからせるために。
俺は師匠がいなくなっても少しの間、動くことができなかった。
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