第29話 エルフの剣士と勇者⑨
「ルプス君、あの人は君の師匠なんだよね?」
「ああ、間違いなく師匠だ。……魔術的な契約か精神を支配する術を受けてるのかもしれない。どうにか無力化したい」
「それは私と君の二人でも難しいね。それに……」
シトナは何か言おうとして言い淀む。この状況で何か言いづらいことがあるのだろうか。
「いや、なんでもないよ。呼吸を合わせて二人で戦おう」
「わかった」
僅かな疑問は思考の外へと追いやる。
互いに動かない時間が流れる。静寂があったがそれもすぐに破られた。
俺と師匠が同時に動き出す。
地面を蹴って一気に間合いを詰める。
どうせ俺の動きは読まれる。俺の剣は師匠から教わったし、何度も剣を交えた。癖や考え方もすべて知っている。
だから、二歩目で限界以上の力で地面を蹴って加速した。
「憑依召喚:グランドランゴン」
土の召喚獣の力を宿す。ヒカリと同じ竜種であり、魔力の消費が激しい。
しかし、グランドランゴには二つの力がある。
一つ目が単純な身体能力の向上だ。魔力の消費量によって加減が変わる。師匠との模擬戦闘で見せたこともあったが、あの時は最小限での発動だ。
魔力の消費を最大にした時は見せたことがない。
全力であれば、ミレイナの身体強化と同等になる。
師匠は俺が予想外の速度で距離を詰めることに驚いた顔をすることもなく、迎え撃とうとしている。
この程度では師匠の意表を突けないことは分かっている。
二つ目の能力を発動する。
間合いに入った瞬間に、左肩に担ぐようにした剣を振り下ろす。
それと対をなすような斬撃を師匠が放とうとした。
しかし、踏み込んだ師匠の左足が地面に沈み、身体が傾く。
グランドランゴンの二つ目の能力である岩石の操作。普通は石ころを矢のように射出したり、壁を築いたりするために使う。
剣士同士の戦いなら踏み込みに合わせて地面に穴をあけるトラップとしても使える。
師匠の態勢が崩れる。
致命傷にはならなくとも完全に躱すことは出来ないタイミングだ。
取ったという確信があった。
師匠の剣が閃き、俺の剣の軌道をずらした。
切っ先がわずかに師匠の服の裾を掠めただけだ。
「なッ……!」
速度も威力も十分な一撃だったにも関わらず、防がれた。
師匠が今度は剣を上段から振り下ろす。
剣で受けるが威力を殺しきれずに距離が開く。
そこにシトナが走り込んでくる。
「セリャァァァァッ……!」
俺と戦った時と違う全力の一刀は辛うじて視認できるほどの速度だ。
シトナの神速の一撃に対して、師匠は真正面から斬撃を返す。
互いの剣がぶつかり噛み合う。そのまま鍔迫り合いへと移行する。
膂力の勝負ではお互いに一歩も引いてない。
「我が身に四つ目の力を刻め!デッドエンドカウント!」
シトナの全身から魔力が溢れ出した。
先程までとは比べ物にならない魔力量だ。
何らかの契約魔術が発動した気配がしたが、詳細までは分からない。
「ハアァァァ……ッ!」
師匠の剣がシトナの剣で押し込まれる。膂力ではシトナが勝っている。
「憑依召喚:ストーム」
師匠はいたって冷静に術を行使した。爆発的な風が巻き起こり両者の剣を弾いた。
二人とも数歩後ろへと下がる。
僅かな隙を逃さないために走り出す。
しかし、シトナの横に着いた辺りで目の前に魔力で出来た何かがあることに気が付いた。
この感覚は———
「セイ……ッ!」
咄嗟に剣を振るう。
虚空にある何かを斬った感覚。魔力が霧散する。
その間に師匠は距離を取っていた。
「流石に気が付いたようだね。勇者も知覚は出来ていないのにわかっているのか」
師匠が指を鳴らすと、周辺で暴風が吹き荒れる。
模擬戦闘の時に見た技だ。気が付かないうちに俺たちの周囲に仕掛けられていた。
「師匠、なぜこんなことをしてるんですか!」
一挙一動見逃さないようにしつつ、問い掛ける。
操られているのかとも思っていたが、剣を交えてみてそうではないと確信した。
「僕の目的を達成するためさ。誰かに操られているわけでも契約に縛られているのでもない。僕自身の意思で君たちを斬った」
この時の感情は何といえばいいのかわからなかった。怒りもあった。打ちひしがれたような悲しみもあった。
ぐちゃぐちゃの感情を必死に理性で抑え込む。
「では、貴方は魔王軍ということですか?」
シトナは一切感情の籠っていない声で問い掛ける。
「ああ、そうだよ。勇者シトナ、君のその鍛え上げた技とその力を使う覚悟に敬意を表するために改めて名乗らせていただこう」
声を張り上げて師匠は、リュウは名乗った。
「僕は魔王軍四天王が一人、リュウ!我が目的のためにこの剣を振るう君らの
——————敵だ」
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